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                                          抱きしめたいのは

       

      

 

    髪に 白いものも

 目立ち始めて

 きみと駆け抜けた

 日々を 深く想う

 

 でも ほんとうに

 今 逢いたくて

 力いっぱい

 抱きしめたいのは

 青春のすべてをかけて

 ただ ひたむきに

 きみを 愛していた

 あの頃のぼくでは

 なかったかと

 

 

昨日の産経新聞・朝の詩に掲載された。

一般論として、小説はフィクションを前提として読まれ、詩は事実を前提に

読まれる傾向があるようだ。

以前にも書いたが、ぼくの詩はすべて「創作」だ。新聞のインタビューにそ

の記事が載って、応援してくださっていた読者の方から「〇〇さん(ぼくのこと)はわたしたちを騙していたのですか!?」と多くの声が産経の編集部に寄せられたことがある。けれど、方針を変える気はさらさらない。多くの作り事の中に、ちょこっと「ほんとう」を書く。事実をそのまま書くわけではない。

今回の朝の詩は、ずいぶんと青臭い言葉を連ねてみた。

でも、ぼくの本質に限りなく近い詩のように思う。

 

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                          眠れない時代    

   

      ここ数日 わけもなく
   眠れない日が
   つづいていて
   心療内科を訪ねたが
   からだには
   別段 異状はないという

   まるい眼鏡をかけた
   ボサボサ頭の医師は
   「こんな荒廃した社会で
   枕を高くして眠れる人の方が
   余程 どうかしているのですよ」と
   小さく笑ったが ぼくには
   何の慰めにもなりはしない

   最後に医師は
   「眠れない時代なんです」と
   ぽつりといった
   そして 夜がきた
   「一度 試してください」といって
   処方してもらった薬の効果も
   あくびを一度しただけで
   絶望的な深い深い闇の森の中で
   ぼくは ぶざまにも
   何度も 寝返りを打って
   もがき苦しんだ

   ひつじの数も
   一七五八匹から先が
   わからなくなってしまった

   気分を変えて読みはじめた
   難しい小説も ぼくを眠りの世界へと
   誘ってはくれなかった

   午前二時を過ぎたころ
   眠ることをあきらめて
   この世に たった
   ひとりきりで生かされているような
   心細さで 息をひそめて
   ベッドのシーツに
   ぴったり耳をくっつけると

   今夜も また
   地球の裏側で
   だれかが 泣いている

                 第二詩集「眠れない時代」収録。

 

村山精二さんという、詩壇界の大先輩がいる。おそらく日本で

発刊された詩誌、詩集の大半が、彼の元に届くようになっている。

そのせいか、ぼくの詩集が発刊されるたびに、ぼくではなく、出版社が

彼のところに献本している。

村山氏は「ごまめのはぎしり」というサイトを運営されていて

献本された詩誌、詩集について、大変詳しく解説されていて

時に、気に入った作品の感想を載せていらっしゃる。

ただ、2011,3,11以降、一時、サイトを閉鎖されている。

のちに、再開されるが、蔵書の記録のみで、個別の作品についての

感想等は述べられていない。

ありがたいことに、ぼく自身、彼の援護射撃を幾度も受けている。

 

これも、そのひとつ。
「今夜も また/地球の裏側で/だれかが 泣いている」時代は、

心ある人には「眠れない時代」なのかもしれません。「ボサボサ頭

の医師」が言ったという「こんな荒廃した社会で/枕を高くして眠

れる人の方が/余程 どうかしているのですよ」という言葉に象徴

されるように「絶望的な深い深い闇の森」の時代なのかもしれませ

んね。そこを感じ取る作者の感性が光る作品だと思いました。

                          (村山精二)


 

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ブラック企業と悪徳産業医、結託!」

「悪魔の復職阻害プログラム!」

産業医のクビ切りサイドビジネス!」

 今頃になって、このような重大問題が表面化してきたことに、驚きを禁じえない。

ずっと、昔からあったのに。とはいえ、まあ、一部の弁護士でも悪名高い就業

支援委員会の闇の部分に一石を投じてくれたことは、有意義なことである。現在、係争中の労働裁判の判決にも影響を与えるだろうし、労働者にとっては、朗報といえる。何しろ、問題は、復職できる労働者をクビに追い込もうという死活問題に関わる、重大

なものだからね。

会社は、休職者、ことメンタルヘルス罹患社員に対しては、不当に牙を向

けてくる。

会社と産業医が結託して、復職しようという社員に対し、休職満了日まで

「就労不可」「診断」を連発し、退職へと追い込むのがやつらの常套手段。

ブラック企業の実態!クソヤブ産業医錬金術これって、りっぱな犯罪

だもんな。

ぼくなら、会社関係者もヤブ産業医も、豚箱にぶち込んでやる!!!!!

莫大な慰謝料を支払わせてやる!!!!!!

長い会社人生、だれだって、身も心も休めなくてはならないときがある。

自分は大丈夫と思っていても、愛する者の喪失がきっかけでうつ病を発症

するかもしれないではないか。明日はわが身ということで、考えていただきたい。

以下は、弁護士ドットコムの記事。

企業と組んで、不当な解雇に手を貸す「ブラック産業医」が問題になっ

ているとして、労働問題に取り組む弁護士らが4月13日、厚生労働省に申し

入れを行った。

50人以上の労働者がいる事業場は、産業医を選任しなくてはならない。産業

医の仕事の1つに、職場復帰の支援があるが、従業員の復職を認めず、休職期

間満了で退職に追い込む「クビ切りビジネス」に手を染める者もいるという。

●短時間の面接、主治医の意見聞かずに診断

神奈川県の団体職員だった女性Aさん(43)は、団体内のパワハラやいじめに

悩まされ、うつ病を発症。2014年5月に休職した。体調が回復したので、主治

医の診断書を添えて復職を申し出たが、団体は復職を認めなかった。産業医

Aさんの復職を否とする意見書を出したからだ。Aさんは2015年6月、休職期間

満了で退職扱いされた。

この産業医はAさんと30分の面談を1回しただけ。主治医への問い合わせは一度

もなく、心理検査もしないで、「統合失調症」「混合性人格障害」など、Aさん

がこれまで一度も受けたことのない病名をつけたという。

この産業医から同じような形で、復帰を阻まれ、退職を余儀なくされた人たちは

Aさんも含め、少なくとも3人。うち1人は別の企業の社員だった。3人はいずれも

現在、裁判で退職無効を訴えている。

●「お金を出してくれる企業に迎合せず診断できるのか?」

「この産業医は精神科の臨床経験がない、内科の専門医です。にもかかわらず、

主治医の話も聞かず、不合理な診断を下していました」。そう話すのは、Aさん

の代理人で今回の申し入れを行った、北神英典弁護士。北神弁護士によると、

師であれば専門にかかわらず、50時間程度の講習を受けるだけで、産業医の認定

を受けられるという。

産業医は10社、20社と掛け持ちすれば、高額な報酬を受けることができます。

お金を出してくれる企業に迎合せず、診断を出すことができるのでしょうか。現

状は、本人の良心に委ねられているだけで、産業医の中立性、専門性を担保する

制度が存在しません」(北神弁護士)

そこで北神弁護士らが求めたのは、次の3点。

(1)復職の可否について、産業医と主治医の判断が異なる場合、産業医が主治医

に十分な意見聴取を行うことを法令で義務化すること、(2)法令による産業医

対する懲戒制度の創設、(3)メンタルが原因による休職の場合、精神科専門医で

ない産業医が復職の可否を判断できないようにすること。

「従業員が裁判を起こして引っ繰り返すことはできるかもしれないが、時間もお金

もかかる。本人のメンタルも参ってしまう。きっちりとした制度を作ってほしい」

(北神弁護士)』

               弁護士ドットコムニュース編集部記事より転載

 

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消息筋の有力情報として、中島みゆきのコンサートが今年も開催されないことが判明した。11月に「夜会工場Vol.2」が開催される予定だからだ。まず、「夜会」というのは中島みゆきが1989年に「言葉の実験劇場」として、歌と芝居の融合を目指した舞台で、初期の頃は、彼女の既成の持ち歌で構成されていたが、途中から、すべて、自身が「夜会」のために楽曲を書き下ろしている。だから「夜会」のテーマ曲である『二隻の舟』以外、ヒット曲も話題曲もいっさい歌われない。いくら、「ファイト!」「地上の星」「時代」などを待っていても、知らない曲が歌われるばかり。もちろん、そのなかに、名曲も多い。そして『夜会工場』は過去の舞台の名シーンを再演したもの。Vol.5までの「夜会」が再演されれば、彼女のヒット曲も聴けるはずだ。

まあ、ぼくは、お芝居している中島みゆきよりも、客席に向ってメッセージを送ってくれる中島みゆきのほうが、数倍好きだから、「夜会」は見送るけどね。しかし、みゆき姐さんも、御年65歳。あと、何回、コンサートツアーあるのかなあ・・・・・。

あと、何回、あのド迫力のある彼女の生歌を聴けるのだろう・・・・・・。

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これから、ぼくが書こうとしている思い出話は、ちょっと、ややこしいかもしれない。

TVドラマ「カルテット」大感動の最終回から10日あまり。「カルテット」ロスから立ち直れないでいるのは、ぼくだけではないだろう。で、他の坂元裕二脚本作品を動画サイトで探してみて「Mother」を一気に観てしまった。「Mother」は2010年4~6月に放映されたようだ。ぼくは、ちょうど母の看護中で、毎日が緊張と不安感の連続でTVを楽しむ余裕などなかった。主演は松雪泰子で「母性」をテーマに描かれたドラマだった。そして、画面に、どこか見覚えのある女優さんの姿を見つけて、はっとした。

酒井若菜・・・・・。たしかにそうだ、酒井若菜さんに間違いない。調べてみると、結構、いろんなドラマにでている。しかし、主役を張るというよりも脇を固めるという役どころが多いようだ。

2005年頃だと思うが、NHKもっと恋セヨ乙女というドラマがあって、劇中で使う「詩」を募集していたのだ。主演の3人の女優さんに、その詩を選んでもらうという試みだった。真中瞳さん、佐藤藍子さん、そして、酒井若菜さん。ぼくは、「プライド」という短詩を応募した。その詩を選んでくれたのが酒井若菜さんだった。もちろん、ぼくひとりだけの詩ではなく、数名、選ばれている。でも、ぼくには事件と称するに充分なできごとだった。プロの詩人がぼくの詩を選ぶのは、敢えていえば必然的だ。しかし、ひとりの女優さんに選んでもらったことに、その数倍の価値はある。

あの頃のピュアな気持ちに今なら、戻れそうな気がする。

 

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きのうの産経新聞朝の詩に、拙作「フォークな日々」が掲載された。

やはり、新聞というメディアに作品を発表するというときには、ある意味、がんじがらめの制約があるので、ほんとうに、自分がいま、世に問いたい作品はなかなか書かせてもらえない。しかしながら、ぼくの想いは、普段、詩という文学とは、いちばん遠い人々に発信していることにブレはない。

 

     フォークな日々

 

仕事を終えて 

ヘトヘトになって

家にたどりついても

 

ギターを

ボローンと弾けば

疲れなんか

吹っ飛んでいく

いやなことだって

 

拓郎 こうせつ

正やん 千春・・・・

あの熱すぎた時代を

未だ 卒業できない

 

              (産経新聞朝刊2017・3・19付)

 

現在、2本のギターがある。

中学の時から使っているアコースティックギター

それと、去年買ったアコギよりひと回り小さい元祖フォークギター。

共にYAMAHA。ぼくのような、弦を一本一本爪弾いていくフィンガー奏者には小さいフォークギターの方が扱いやすい。音もいいし。

ほとんど、我流。

かぐや姫の「22才の別れ」(のちに風のデビュー曲となる)を、どうしても弾きたくて、テスト勉強そっちのけで練習に練習を重ねてマスターした。

20代のなかば、ひとりの女性に、自分で弾いた「22才の別れ」のカセットテープを「これ、聴いてみて」と手渡した。それから半年後、ぼくは、その女性と結婚することになる。

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ずいぶんと昔のはなしになる。ぼくが、広告代理店での人間関係に疲れて、当時、まだ、公務員だった郵便局の試験を受けたころのことだった。

ありふれた夜に、ぼく宛の一本の電話があった。美しい声の、若い女性だった。そのころ、商業誌でさえ、詩の作者の住所・氏名(本名)が載っていた時代だったし、電話帳にもこちらからNTTに記載不要の手続きをしない限り、電話番号が堂々と載っていたプライバシーなど、だれにでも漏れ伝わって、よく、いたずら電話とはいわないが、名前を名乗らないで詩の感想だけ述べて、ガチャンと電話が一方的に切れてしまうようなことが数知れずあって、閉口していた。

しかし、そのときの女性は某ラジオ局のDJのNさんであることを名乗り、ぼくの詩を自分の番組で朗読するという形で使いたいというのだ。ぼくの詩のファンで、自分はしばらく、番組から離れるが「番組のいちばんのメモリーとして、あなたの詩を朗読させてください」という殺し文句で、ぼくは、浮かれ気分で、あっさり、快諾してしまった。それから、約1時間くらい取材があって、どんなとき詩の案が浮かぶのかと問われて、「仕事中です」と答えると、やはり、その笑い方もゲラゲラというのではなく、とても上品なクスッというような感じだった。

朗読の候補として「雨」と「命のかたち」があるといわれた。

自分で決めてもいいかと問われ、当然イエスと答えた。

Nさんは「じゃあ、『雨』で」といわれたが、正直、ぼくは「命のかたち」を公共の電波に乗せて欲しかったのだ。

ぼくには、ぼくなりの想いがあって「命のかたち」のほうが、より、ぼくらしさを強調できると計算していた。

Nさんは「わたしも『命のかたち』は大好きです。でも、放送が6月の梅雨の季節になるので」とおっしゃられて、ぼくもこころから納得した。

放送当日は、親戚を呼んでラジオに耳を傾けっぱなしの、まるで、玉音放送を聴くような面持ちだった。Nさんは情感を込め『雨』という作品を朗読してくださった。

Nさんの朗読の力で、稚拙なぼくの作品が至極絵画的な浪漫溢れる作品へと生まれ変わった。

いろんなひとから「ラジオ聴いて、びっくりしたよ」と声をかけられた。

学生時代以降、ラジオという媒体に縁がなく、Nさんと名乗る、電話の若い女性のDJも、ぼくの不明で、実際には、アイドル的人気のある聴視率の稼げる著名なDJだったが、ぼくは、なにひとつ知らなかった。

数年後、処女詩集をNさんに郵送で献本させていただいた。期待をしていたわけではないが、Nさんからの返事は来なかった。むろん、献本だから、こちらから一方的に本を送り付けている。しかし、電話でお話したときのNさんの印象からすれば、なんらかの反応があってもいいのではないかと、こころのどこかで思っていた。

次の詩集に取り掛かっていたころ、一通の封書が届いた。

Nさんからだった。きれいな便箋に、ただひと言「ありがとうございました」と達筆な文字で書かれてあった。

ぼくには、すごく、違和感があった。不自然に感じた。なにかが、おかしいと。

最近になって、知りえたことだが、ぼくの詩を朗読してくれた、某ラジオ局の番組が終了して、Nさんはご結婚されたらしい。

そして、ダウン症の赤ちゃんを授かったという。

「気の毒に」とか「かわいそうに」とか思うのは、かえって、母親にもお子さんにも失礼である。かといって、「おめでとう!」と薔薇の花束をかかえて祝福に駆けつけられる状況でもないかもしれない。

現実は厳しい。

便箋のひと言は、Nさんの、そのときの精一杯の想いを伝えていたのであろう。