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宮本輝は、短編の作家だと書いた。

しかし、長編にも、名編はあって、たとえば「錦繍」などは、どうだろう。

かつての、夫婦の手紙のやり取りだけで終始する、異色の小説だ。

忘れられない場面がある。前妻、勝沼亜紀の手紙にあった「生きてることと、死んでることは、もしかしたら同じことかもしれない」という一文に触発されて前夫、有馬靖明が告白する。有馬が不倫相手の無理心中事件に巻き込まれ、生死を彷徨う一節がある。手術中に、過去に自ら行ってきた善と悪をあざやかな映像として見、手当てを受けている自分自身の姿を見てしまう。あとは、小説中から、引用する。「私が生き返ったことによって、自分を見つめていたもうひとつの自分は消えていきました。だが、もし死んでしまっていたら、あの「自分」はどうなっていたのでしょう。肉体も精神も何も持たない命そのものだけになって、この宇宙に溶け込んで行ったのではないでしょうか。しかも、自分の成した悪と善をたずさえたまま、果てしない苦悩の時をおくりつづけるのではないでしょうか」

ぼくが、右足を手術した時、これとよく似た経験をしたことがある。

手術中に、手当てを受けている自分自身を見たのも同じだ。それどころか、医者がしゃべってた言葉まで詳細に憶えている。

ぼくの死生観が変わったのは、いうまでもない。