池田満寿夫は、世界的な版画家である。
しかし、ぼくは、小説家としての池田満寿夫が好きだった。
さくさくとした文体が好きだ。
「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞したが、このとき、池田満寿夫は、まだ実際にはエーゲ海を見ていない。才能とは、そういうものだと思う。
小説中で「エーゲ海」は別の意味で使われている。
ぼくのお気に入りは受賞後に書いた「楼閣に向って」である。
戦時中、中国大陸で過ごした少年期のさまざまなエピソードや性への目覚めを彼独特の精巧な筆致で描かれている。「エーゲ海に捧ぐ」以上の満寿夫版「ヰタ・セクスアリス」である。
1997年3月8日、静岡県熱海市の自宅で地震に遭遇し、愛犬に飛びつかれて転倒し、心不全でこの世を去った。享年63歳であった。
彼が存命なら、文学界をはじめとする芸術の世界は、まるで、変わっていたように思う。