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川崎市で発生した中学1年生殺害事件が、連日報道されている。

3人の犯人は逮捕されている。3人とも未成年である。

TVや新聞のニュースでは、目のまわりに青タンのできた被害者の実名、写真は、垂れ流しのように報道されるのに、3人の犯人は少年法の過保護すぎる庇護によって実名及び写真の報道は禁止されている。

しかし、主犯格のAと共犯者のB,Cの実名はもとより、写真もネットでは、いち早くアップされていて、閲覧できてしまう。(但し、親、兄妹は関係ないだろ!)

法律が、時代についていけていない典型的な事象であると分析している。

ぼく自身の考えを述べれば、やはり、現行の少年法は改正されなければならないと思う。少なくとも、今回のような凶悪事件に関しては、法律的には未成年であろうと更正の余地を与える必要はなく人権など認めるべきではないと考える。未成年とはいえ凶悪犯罪者に未来はない。

本来なら3人とも死刑になってもいいと思う。それが、正常な人間の判断だ。

頭でっかちの弁護士や人権団体、あるいは一部の宗教団体は、それでも、彼らを庇護するだろう。

彼らの愛する家族のことを考えてほしい。彼らのかけがえのないこどもが、残忍な殺され方をしても少年法は正しいと思えるのか。それでも、犯人が未成年だからという理由だけで、まだ、護るつもりなのか。

作家・宮本輝の小説の一節を引用し、この記事を終えたい。

「たとえ人間が作った法が裁けなくても、宇宙を律する法が、ぼくを裁く日がやってくるだろう。そのほうが、ぼくには数倍恐ろしかった」。

『避暑地の猫』より。