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30数年前、授業も、バイトもない日の夕方、ごろんと横になって、何気なく、姉が買ってきた「詩とメルヘン」という本のページをパラパラとめくっていた。名もなき詩人たちの拙いけれど、光る言葉と、それを補うようにバックにはプロの有名イラストレータの絵が見開きで掲載されている。しかも、責任編集はやなせ・たかしとある。まだ、アンパンマンも何もない時代である。世間的には「えっ、『てのひらを太陽に』って、あのひとが作ったの?」という認識くらいしかなかっただろう。しかし、ぼくは、これも姉の影響で、やなせ・たかしの詩集は全部集めていて、特に「希望」という詩が好きだった。

そのひとの編集か、と思った。投稿券がついていて、入選すると6000円の原稿料がもらえると書いてあった。毎月の応募数は1万~多いときで2万篇を超えることもあり、選ばれるのは12,3篇だった。

しかし、ぼくは、何の根拠もなく自分なら、もっと、面白いものを書けると確信していた。詩など書いたこともないが、応募してみようと、早速、400字詰め原稿用紙に向かい合うことになった。こういうものには、まず、ペンネームなるものが必要だと信じきっていて、5つほど考えたが、悩んだ末、あるペンネームを選んだのだが、このペンネームはその後15年間使うことになる。

さて、作品の方だがタイトルは新選組になればよかった」と、すんなり決まった。

大学ノートに下書きをしていく。それを、2回繰り返したところで、原稿用紙に清書した。誤字脱字がないことを確認して、原稿を三つ折にし、封筒に入れ、念ずるように、ポストに投函した。11月だった。

第2弾に、取り掛かっている12月中旬、ぼく宛の封書が届いた。サンリオ文化部とある。あわてて、封を開けてみると入選通知だった。翌年2月発売の3月号に掲載されると記されてあった。妙な言い方だが、自信はあったが、まさか、初投稿、初作品で掲載されるとは思っていなかったので、飛び上がるほどうれしかった。

それを期に、「詩とメルヘン」との長い付き合いがはじまることになる。

5,6作「詩とメルヘン」に掲載された頃、ぼくは、人を介して、大阪・なんばの街で、やなせ・たかし・・・・いや、やなせ先生とある料亭で会食させていただいている。そのことは、「詩とメルヘン」を通じて友情を深めた詩人の方やファンの方にも、お話はしていない。お亡くなりになるまで、やなせ先生とぼくの交友関係は人知れず、つづいていたのである。それはたしかに、光栄なことではあったが、自慢しているわけではない。何をお話し、何をぼくが学んだかは、トップシークレットに等しく、それは、ぼくは墓場まで持っていくつもりである。

サンリオ「詩とメルヘン」は、ぼくの詩の原点である。

そして、やなせ学校の卒業生である。

けっして、優等生ではなかったかもしれないが。