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11月8日産経新聞朝刊朝の詩に、ぼくの書いた「満ちる月」という詩が載った。

11月の紙面に掲載されるためには、9月の上旬には投稿を終えていなければならないから、特に十五夜を意識しているわけでもなく、掲載日の数日後に訪れるスーパームーンという天体ショーのことは、ぼくの不明で、まったく知らなかった。

ただ、タイトルだけが頭にあった。

 

その日、ひどい気分障害があって、会社を休んだ。

クリニックに行くと「あらっ〇〇さん、新聞見ましたよ。いい詩ですね。これこそ〇〇さんの世界ですね」と、いきなり掲載詩を一方的に、褒めちぎってくれて「あのう、先生、ぼく、かなり、しんどいのですが・・・・・・」と訴えると、「ああ、そうでしたね、それでは診察しましょうか・・・・・」という具合になる。

このドクターもまた、ぼくの作品を好いてくださる、応援してくださっているおひとりなのだ。

朝の詩というのは新川和江が選者だけれども、産経新聞の方針としては、原則的に「素人の広場」。ふつうの、おっちゃん、おばちゃんが書いた詩を掲載したいというのが、産経側の意向で、読むに耐えない文章の羅列が多いのはそのせいだ。もちろん、いい詩もあるし、ひかる言葉をもっている作品もある。ただ、掲載者の3分の2は、ぼくだけが言っているのではなく、箸にも棒にもかからないのが多い。

ぼくは、もう100回以上掲載されているはずで、その間、新川和江から、もう、投稿しないでほしいと、なんども電話があった。「目立つのよ、選んじゃうのよ、困るのよ」って。数年間、投稿を控えていたが、ある日,意を決して

「ぼくは読者の資格で投稿を再開します」新川和江宛に手紙を書いた。

 

 

   満ちる月

 

なんて つめたい

ひかりなのだろう

 

なんて さみしい

ひかりなのだろう

 

名立たる

歴史上の人物たちも

名もなき ぼくたちも

そんなふうに

どこかで 思いながら

でも やっぱり

その美しさに

深い ため息をつく