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この一年くらい、ぼくは、産経新聞朝の詩の話を、度々、記事化するようになった。

一時期、圧力がかかって、投稿を控えていた時期もあったが、やはり、新聞というメディアの影響力は魅力的で、近年は年4回くらいのペースで掲載させてもらっている。

新聞の第一面産経のロゴマークの左隣に自分の詩が掲載されるというのは、アドレナリンの分泌には打ってつけだ。

ぼくは、もともと、原稿用紙数枚のストーリ詩を得意としていた。それが、朝の詩はツイッターと同じ140文字以内だ。正確には10文字×14行。この、文章を削ぎ落とす、無駄を削る作業は、とてもとてもいい勉強になった。以前書いたように、妻に尻を叩かれ「なつみに」という詩を書き、入選できたので、自信を得た。毎月、ぼくの作品が採用されるといった現象も、何年か続いた。

「どうすれば、掲載されるような詩を書けるのか?」とよく訊かれた。

たしかに、コツはある。それに、新聞というメディアの特性も知っておいたほうがいい。

しかし、百戦錬磨であったはずの、ぼくでも、何回投稿しても、採用してもらえない作品があった。自分のなかでは何がいけないのか、さっぱりわからなかったが。

なにか、アンテナが狂ってしまっていたのか?

敢えてタイトルを『余命』としている。

妻は「タイトルが、やっぱりよくないんじゃない?」という。

余命を宣告されて、苦しんでいる人が読者の中にも多いという編集側の読者への配慮だというのだ。

しかし、ぼくらは、この世に生を受けた瞬間に、「死」への軌道をまっしぐらに突っ走っている。

それに、この「余命」は見事に医師の宣告をひっくりかえし、自らの生命力を信じ生還している。理想論を書いたわけではない。

実際に、身近で起こったことをヒントに書いている。

で、昨年の夏、第四詩集「にぎやかな食卓」のなかに収録させてもらった。

 

     余命

 

余命三ヵ月と

宣告された

ともだちは

担当医師の

手を振り払って

翌日 強引に

退院していった

 

五年が経った

ある日の午後

はがきが舞い込んだ

 

「おれは生きている」

 

ともだちからの

便りだった