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どうも、最近、気力がない。何をするにも、億劫な気分がつきまとう。暑さのせいだけではなく、持病が根源にあるというのは、自分自身が、いちばんよくわかっている。

なかなかブログを更新できないのも、仕事を終えて、家に帰るとシャワーと夕食で、もう、バタンキュウー状態だからだ。たしかに、からだも疲弊しているが、気持の部分のほうが大半を占めている。8時半にはお布団の中だ。自身の不甲斐なさを、申し訳なく思っている。

創作は、なんとか日曜日に、時間を決めて書いている。そう、その、このあいだの日曜日、ある女性から一本の電話があった。どこかで、聞き覚えのある声だが、名前が出てこない。「わたしよ」と名前を名乗られ、冗談ではなく、ぼくは、その場でひっくり返った。誠に申し訳ないが、もう、すでに、お亡くなりになられたと思っていたので。

すこぶる元気な、生命力溢れる声だった。その女性は、10年前に癌を宣告され、詩の出来については、お互い、言いたいことをズケズケ突っ込んでいくタイプなので、病状に悪かろうと、メールも辞めた。最後に連絡があったのは、ホスピスからのはがきだったので、ここ数年は、もう、お亡くなりになったに違いない。もう、この世のひとではないのだと思い込むようになっていた。しかし、電話の主は、間違いなくご本人で、ホスピスは、元気すぎるので、追い出されたという。たしかに、症状は、すこしづつでも進行しているのかもしれないが、当時、ドクターが告げた余命の年数は、とうのむかしに越しているという。甘酒を豆乳で割って飲むと、点滴を打ったくらいの効果があるので、ぼくにも、実践したほうがいいと、逆にアドバイスしていただく始末。

今夏の、詩の文学賞にも、応募されるとの由。相手にとって、不足はない。強敵ではあるが、ぼくの背中を推してくれる。

紹介させていただく詩は、このような出来事を予期して書いたわけではない。

ただ、医者の診断がすべてであるとは、今もむかしも思っていない。

 

      余命

 

余命三ヶ月と

宣告された

ともだちは

担当医師の

手を振り払って

翌日 強引に

退院していった

 

五年が経った

ある日の午後

はがきが舞い込んだ

 

「おれは生きている」

 

ともだちからの

便りだった

 

 

 

            第四詩集「」収録

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