閑静な住宅街のマンションの1Fにイタリア料理の店「ビアンカ」はある。
奥まった場所にあるので、隠れ家的な雰囲気は充分にある。
自宅から歩いて5分。ぼくも家族も、よく利用する。
結婚記念日、家族の誕生日、詩の受賞パーティー、在阪の出版社との打ち合わせ、新聞のインタビュー、懐かしい友人を招いた時、あるいは姉の家の家族崩壊を防ぐ対策会議、姪っ子の離婚話の相談を受けた時などシチュエーションは数え切れない。
メニューは豊富でとにかく、料理が美味い。お酒も美味い。
ぼくのお勧めは、ハムを敷き詰めた半熟卵のピザ。
生地がパリッとしていて歯ごたえがある。
家庭的で、居心地がいい。気がつけば、もう3時間経ってるという感じ。
先に書いたように、姉の家がもめにもめたことがあった。あわや家族崩壊の危機が迫る中、ぼくと家内と当事者の姉とS市に住んでいる姉が話し合いを持つため自宅に集まった。母には心配させたくなかったので、そのことは言わなかった。母には内緒で夜、開店したばかりのビアンカで協議しようということになった。母は自分も行けるものだと思っていた。けれど母には大事な話があるから、ぼくらだけで、ここで食べてくるからと、ビアンカの名刺を渡した。母は、ぼくに2万円をにぎらせてくれた。母は、自分も行きたそうに、ずーっとビアンカの名刺を虫眼鏡で見つめていた。翌夏、母はひっそりと他界した。ぼくには、いまも母をあの時一緒に連れて行ってやれなかったことが、胸に突き刺さった棘のように「痛み」として残っている。