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朝は5時前には目が醒める。TVはまだ、放映されていない。PCから、ニュースを調べる。先ずは政治経済からだが、きのうはイヤでも「ピエール瀧の逮捕」が目に飛び込んできたが、それよりもプロ野球ロッテマリーンズの永野将司投手が「広場恐怖症」であることを告白したことに、興味を持った。それまで「体調不良」としていたが、実は「広場恐怖症」であるとカミングアウトしたというのだ。

この場合の「広場」は原っぱやPLAZAを意味するものではない。

特に飛行機や、新幹線などで長距離移動中、激しい動悸とパニック発作に襲われる病気だ。

もしくは、また不安や発作に襲われるのではないかという「予期不安」で飛行機や新幹線に乗れなくなってしまう。野球選手にとっては、移動というのは、ついて回るものだから、致命的だわなあ。

ぼくも20歳の頃に、不安神経症を発症している。しかし、精神科への受診を拒絶していたために、不安が不安を生み、強迫観念に苦しみ、離人症まで発症するようになった。不安神経症といっても、さまざまな恐怖症が複合的に混在している。ぼくは、今以て、ひとりで電車に乗ることが出来ない。だから「広場恐怖症」になったひとの気持ちはよく分かる。

今ではそのような不安症、恐怖症をひとくくりにして「パニック障害」と呼ばれているが、厳密には、そんな単純なものではないという意見も精神医学会ではあるのが実情だ。ぼくも、そう思う。

朝一番に、そのようなニュースに触れてしまったので、気分が重くなった。

自分までが、最悪の状態まで気持ちが落ち込んでしまうような不安に駆られた。

で、気分転換に前から観たかった「アリータ:バトル・エンジェル」に息子が付き合ってくれた。

この映画は名匠ジェームズ・キャメロンの制作。

タイタニック」「アバター」などを手掛けている。

原作は木城ゆきとの漫画「銃夢(がんむ)」。原作に惚れ込んだキャメロンの夢が詰まった作品。

鉄くずの山から、少女のマスクが発見され、ボディーを取り付けられて、サイボーグとして蘇る。

その少女が、アリータ。過去の記憶を失っている。

しかし、脳は生身のもので、ふとした瞬間に断片的ではあるが自分がサイボーグ戦士であったことを思い出す。

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右がモーションアクターを務めた女優のローサ・サラザール

ナチュラルすぎるCG映像には度肝を抜かれる。超お薦め!!!!!

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迫力満点のバトルシーンも多く、テンポの良いストーリー展開にぼくは、キャラメルポップコーンを頬張りながら、思いっきり痛快で幸福な時間を過ごせた。

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ぼくは全般的な不安障害、恐怖症、それに鬱症状に罹患しているが、病気も年を取る。

薬の力も借りながら、つかず離れずの関係でやり過ごすしかないと思っている。

治そうと、頑張ってはいけない、この病気だけは。

そうすれば、「アリータ:バトル・エンジェル」のような素敵な映画とも、何度も出会えるだろうし・・・・・・・・。

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ぼくの詩集が、かなりの小中高等学校の図書室で閲覧していただくことが出来ると聞いたことはあった。自慢ではなく、ああ、出版社が頑張って売り込んでくれたのだなあと思っていた。しかし、実際は、生徒や親御さんが個人的に学校に寄贈していただいている例も少なくはないらしい。

そして、その詩集が、実際に教育の現場で生かされているという、信じられない事実を過去にも聞いたことがあった。むろん、ぼくの詩集は教科書ではなく、むずかしくない言葉の実験の場である。

一番最近に耳にしたのは、近くの小学校のHPにぼくの詩が使われている、という話。

 

「今日は図書の紹介」(〇〇小学校HP)

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今日は図書の紹介をします。著者〇〇〇〇氏の詩集です。

「にぎやかな食卓」「蝉の啼く木」「眠れない時代」の3冊が学校の図書館に入ってます。その中の「にぎやかな食卓」に収められている『禁じられた言葉』という詩を紹介します。

        

           禁じられた言葉

わたしは

もう

なにも

語らない

 

いつも

あなたを

傷つけて

しまうので

 

時に

多くの

だれかを

不幸に

してしまうので

 

私たちの近くに素敵な作家がいることを知っていますか。

作者は〇〇区在住の作家です。

             (後略)

                     HPより転載

近年、心ない言葉で、幼いこどもが命を落としたりする事件とも取れる事案が発生していて、言葉の大切さを教えたいという学校側の回答をいただいた。

ぼくは、複雑な心境に駆られた。高校生ならともかく、小学校でこの詩が理解できるのかなって。まあ、先生方がかみ砕いてかみ砕いて真意を伝えていただけるなら、納得もするけど。

              

               お詫び

 

前記事が3月1日に記事化したにもかかわらず、掲出日が2月23日と表示されてしまい、はてなさんにお問い合わせをしていました。

おそらく、2月23日に書いた下書きをアップしたのではないかとおっしゃられましたが、ぼくは下書きをしないで、ぶっつけで公開するので、いつも、記事化した日に掲出しています。ですから、この記事は3月1日に書いたものです。

日付を訂正するに当たって、はてなさんのご説明通り、編集オプションから変更しました。すると、ブックマークやスターがすべて消失してしまいました。

スターに関しては340を超えていたと思います。拙記事にわざわざスターをつけていただいた読者の皆さん、ブックマークをつけていただいた読者の皆さんに深くお詫び申し上げます。おそらく、PC音痴のぼくのことですから、はてなさんのご指示通り設定し直しても、どこかでやり方を間違えてしまったのだと思います。

今後、再演しないように努力してまいりますので、どうか、今回の事案をお許しくださいませ。

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もう3月だ。1日1日が、飛ぶように過ぎていく。そう考えると、人生って、思っているよりも、短くも感じるし、その分、愛おしくも想う。

去る2月14日。まあ、いわゆるバレンタインデー。その日を意識するほど、若くはない。妻と娘からチョコはもらう。しかし、このチョコ、一種の毒饅頭で、一度ありがたくいただくと、ホワイトデーには10倍返しという危険な罠が仕掛けられている。

まあ、そういうことができるのも、現役で働いていられる間だけだ。

そのことしのバレンタインデーの朝早く、ぼく宛に真っ赤なバラの花束が届いた。

メッセージカードにはst.バレンタイン文学大賞に選ばれたと記されてあり、差出人として西日本の女学院の名があったが、まったく心当たりがなかった。

1時間後に別便で届いた速達を読んで、事の詳細がはじめてわかった。

西日本に存在する、ある女学院の高等科の生徒さんのアイデアで、st.バレンタイン文学大賞委員会なるものを有志で昨年の秋口から設置し、学校の生徒さんに「バレンタインデー」に一番ふさわしいと思われる小説、詩集、エッセイ集、名言などを今年に入って推薦してもらい、2月の半ばから委員会の生徒さんが毎日検討を重ねに重ねた結果、500点以上の文学作品の中から、ぼくの詩集とその作品が第1回st.バレンタイン文学大賞に選出されたとのことだった。

だれかの、いたずらの可能性もあると思い、その女学院に問い合せた。

すると、顧問の先生が出られて、間違いありませんよ。本学院としても承認しており、

連絡先が分からず、出版社に電話しても、教えてもらえず苦慮していたが、生徒の母親がサンリオ「詩とメルヘン」の読者で、そこに書かれてあった住所を使わせていただいたので、ご了承願いたいとのことだった。そうか、むかしは、プライバシーもだだ漏れの状態で、掲載されるたびに、住所は書かれていたことを思い出した。

「しかし、それは奇跡的なことですね。ありがたくお受けいたします」と言いたかったが、涙が溢れ出して、途中からは言葉にならなかった。

顧問の女性の先生も「逆にご迷惑ではなかったですか。生徒たちは本当に真剣でした。熱かったです。ご受賞は本学院の総意です。」と涙声で、応えてくださった。

過去の栄光に過ぎないが、ぼくは、ここ20年くらいで大きな詩の賞をいくつも獲得した。

飛ぶ鳥を落とす勢いの如くだった。しかし、最近は新聞の投稿さえ、疎遠になっていた。ほんと、運が良かっただけかもしれない。

でも、これまでもらったどんな賞よりも、プロが選んだどんな作品よりも、今回の生徒の皆さんが放課後遅くまで残って選んでくれた、名も無きこの賞のことを誇りに思う。

 

            一篇の詩

 

      あなたと

      風のように

      駈け抜けた

      青春の日々が

 

      いつか

      一篇の詩に

      なりますように

 

      あなたの

      そばにいるだけで

      生まれてきたことさえ

      幸せに思えた日々を

 

      きっと

      だれかが

      口ずさんで

      くれますように

 

 

                  第4詩集「にぎやかな食卓」収録。

 

 

            

 

 

         

 

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厳しい寒さも手伝って、何をするのも億劫だった。

そうでなくとも、鬱病を患っているのに。

しかしながら、鬱病は長年のともだちだ。鬱状態をコントロールできれば、創作にいい

影響を与えてくれる。ペンも進むし、よりクオリティーの高い作品が次々と産み出せる。気分障害にさいなまれながらも、短期間で10篇の詩を書き上げた。

それで、きのうは休筆日にあてていたが、ふと、気まぐれで短歌を詠んでみたくなった。10年以上前になるが、産経新聞東京新聞などの歌壇にもよく載せてもらっていた。そのときの快感を思い出した。

5首の短歌を即興で詠んだ。

なぜか、妹がよく出てくるが、ぼくに妹などいないし、いたらいいなあという憧れもない。物書きは総じてうそつきだ。

 

 

   春風と 消えた妹 今何処 

            母と語りし ひな祭りの日

 

   野良犬が 目で物をいう 裏路地で

            おまえは孤独 われと同じと

 

   父母と 行方知れずの いもうとと

           われも家出て 家族解散

 

   仕事場で 他人のふりを 演じても

           手不意に触れて こいごころ燃ゆ

 

   妹の 乾いた絵の具 パレットに

           なみだで溶かし 描く在りし日

 

小説と詩は違う。詩と短歌も違う。長い文章だから難しく、短い言葉だから誰でも書けそうだというのは、大いなる素人考えに他ならない。

 

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前回の記事の最後に『エレーン』という曲に少しだけ触れた。

しかも、いちばん好きな楽曲だと。

時は遡る。

1980年、気楽なバイト学生だったぼく。その頃、すでに、中島みゆきの熱狂的なファンで、1年に1回発売されるアルバムを、何よりの楽しみにしていた。この時期は桜の頃から五月雨の季節に発表されていた。

発売日、電車に乗ってモール内の大型レコード店で大音響で「エレーン 生きていてもいいですかとだれも問いたい エレーン その答えを 誰もが知ってるから誰も問えない♪」(作詞・作曲・中島みゆき)と郷愁感に満ちたメロディと、文学性のある歌詞が耳に飛び込んできて、魂のどストライクに刺さってきた。「あっ、新しいアルバムや」と感激し、新アルバムを買った。

真っ黒なジャケットの真ん中に縦書きで「生きていてもいいですか」と白抜きの文字で

まるで戒名のように記されてある。

中島みゆきの歌は「暗い」と評されることが多い。

しかし、「暗い」のではなく「深い」のであって、時には「重い」のである。

そういう意味では「生きていてもいいですか」はそれらの形容詞の集大成である。

家でゆっくり聴いてみると、この『エレーン』という曲は、曲調から、フランスあたりの片田舎の薄幸の女性の物語かなと、勝手に解釈していた。

ところが、中島みゆきがコンサートで『エレーン』についてコメントしたことがある。

これは、かつて中島みゆきが住んでいた近所で、外国人娼婦が何者か殺害されるという事件があった。警察も中島みゆきに聞き込みに来たという。しかし、事件は迷宮入りとなったそうだ。

その後、中島みゆきは「女歌」という小説の中で、この事件をもとに短編を書いている。その時の娼婦の名が「ヘレン」。楽曲化するに当たって「エレーン」に変更したという。

「生きていてもいいですか」というタイトルは、たしかに「重い」。

しかし、胸を張って「生きていてもいいですか」と世に問える生き方をしている人は

どのくらいいるのだろうか?

 

先週、1月26日NHK総合で、第484回「SONGS」が放映された。
『平成世代が愛する女神』と題して,中島みゆきが番組4度目の登場。
昨年、放牧期間に「糸」をカバーした、いきものがかり吉岡聖恵
「泣いてもいいんだよ」の楽曲提供を受けグループ初のオリコンチャート1位の栄冠を手にしたももいろクローバーZの百田夏菜子、朝ドラのヒロインを試行錯誤で演じているとき「宙船(そらふね)」の歌詞に励まされ続けたという女優の土屋大鳳中島みゆきの魅力を語った。
たしかに、中島みゆきは、どの世代にも愛されている。
70年代「わかれうた」80年代「悪女」90年代「空と君のあいだに」「旅人のうた」2000年代「地上の星」でミリオンを獲得している。
「時代」「糸」でファンになったという人も多いだろう。
はじめに紹介した現在進行形で活躍する3名の女性は、中島みゆきのことを「女神」と
称し、彼女の楽曲は「本能」であり「地図」であり「究極のさりげない優しさ」だと評している。それも、本当だと思う。40年以上、中島みゆきの楽曲と接してきたぼくなどとも、表現は違えども、想いは同じである。
ぼくも彼女の歌に、ずいぶんと助けられてきたから。
番組は「ホームにて」「蕎麦屋」「EAST ASIA」のライブ映像を放映した。
これは、すべて、2007年のコンサートツアー歌旅のもので、「歌旅」のコンサートDVDが発売されたとき、この3曲は、YAMAHA商法というのか、意図的に収録されていない。DVDではなくCDとして、この貴重なライブ音源が発売された。
番組でも使われたこのDVDは、最新のアルバムの初回限定にセッティングされている。
この3曲はセットリスト的には、ツアー中の公演日ごとに変わった経緯がある。ぼくが行った大阪フェスティバルホールでは「ホームにて」が歌われた。
お便りコーナーの合間で歌ったと思う。「蕎麦屋」も映像で見る限り、そんな感じだ。
しかし「EAST ASIA」はコスチュームからして、お便りコーナーの直前だと推測できる。
「ホームにて」は『ありがとう』というサードアルバムに収録されていて、レコード盤がすり切れるまで聴いた。
蕎麦屋」は『生きていてもいいですか』に収録。1980年春に発売されたこのアルバムには「エレーン」という名曲中の名曲も収録されていて、このアルバムの核となっている。ぼくが、中島みゆきのいちばん好きな楽曲はと問われれば躊躇なく「エレーン」と答えるだろうな。「蕎麦屋」もいいけどね。