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                                (くんぺいタヌキ)

           
 
            新宿
 
                             東 君平


19歳。

身も心も腹もどん底の日々だった。

学校は途中から行けなくなっているし 仕事も辛かった

ぼくは 新宿の街を歩いていた。

「詩を書いてみたい」

こんなことを考えてみても 何をどう書けばまとまるのか

あせる頭には浮かばなかった。

「小説も書きたい」

それにはまだ 過ごしてきた人生が短いし

必要な知識も用具もない。

「絵もいい」

画廊の前を通ると 今日から誰かの個展が始まったのだろう

パーティをしていた。街はずれに出た。

人通りが極端に減り 野良猫が歩いている。

ぼくは 古びた外灯の前に立って見上げた。

口には さっき手渡されたチラシを丸めて銜えた。

「新宿か」

古びた外灯の錆びた鉄棒に 釘ででも書いたのだろう

下手な字で新宿と書いてあった。

「しんじゅく・・・・か」

この二度の呟きが ぼくの生き方を決めたといってもいい。

ぼくは その日から もっともっと

自分の気持ちを信じて生きてゆこうと思った。

それは 新宿の文字が しんじゆく と読めたからだ。
 
 
ぼくが、創作活動に於いて、いちばん、影響を受けたのは東君平(ひがし・くんぺい)だ。詩人としてである。
画家や童話作家の顔もあるけれど。
特に「新宿」を読んだ時の、感銘は言葉に尽くせない。
涙があふれでて、止まらなかった。
君平さんは1986年12月3日に肺炎のため、この世を去っている。妖精だから、しかたない。
君平さんの結婚にまつわるエピソードをひとつ。
夫人となる英子さんには、許婚がいて、自分とは結婚できないと分かると、将来を悲観して自殺を図った。未遂に終わるが「また、断ってくれてもいいよ。ぼくが、死ねばいいだけなんだから・・・・」。まあ、強引というか、なんというか、脅迫だな、これ。でも、妖精だから、しかたない。英子さんも、君平さんの本の出版を手伝って、心惹かれるものを感じていたのは、確かなようだ。英子さんのお母様の「わたしだったら、君平さんの才能に賭けてみるわ」といったひとことが決め手となり、ふたりは結ばれている。
他にも、自身の詩とメルヘン賞授賞式にも、ノーネクタイ姿・・・・というよりも普段着で現れて、やなせ・たかしにたしなめられたが、これも、妖精だから、しかたない。
とにかく、人間の世界にちょっと遊びに来たという感覚のひとだった。
晩年、やなせ・たかしが君平さんの入院先を見舞った。ドアを開けると君平さんは眠っていたようだが、気配に気づき「ああ、やなせくんか。いま、天国の下見をしていたところだよ」と、いたずらっぽく、君平さんは笑ったそうである。それが、君平さんとの最後になったって。

 やっぱり、君平さんって、妖精だったんだ。