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大阪はまだ、気象庁の桜の開花宣言は出されていないが、ニュースを見ていると、地域的にまばらには、開花が確認されているようである。

桜前線は西から北上していくものだと思っていたが、ヒートアイランド現象が影響しているらしい。

きょうのような、寒の戻りでも、お花見を楽しんでいる人たちもいる。

実のところ、ぼくは、集団で行動することが大の苦手。

ドンチャン騒ぎのお花見なんて、ぼくには、信じられない。

独身の頃は、女の子とふたりで、夜桜を見上げた。

ただ、それだけで、しあわせな時間だった。

 

 

                                  夜 桜

 

 「ねえ

 人は 死んじゃうと

 その先

 どうなってゆくの?」

 

 いつだったか

 まだ肌寒い

 春の日に あなたと

 死について

 しずかに

 語り合ったことがある

 

 音もなく

 風にふるえる

 満開の

 夜桜の下で

 

 ぼくは 子供の頃から

 死に対しては

 極度の怯えがあって

 ひたひたと

 迫り来るような

 恐怖感を

 あなたに 切々と

 訴えたけれど

 

 かみさまを

 信じていたあなたは

 「心配しなくても

 大丈夫だから

 こわくないから」といって

 長い髪をかきあげて

 微笑んでいたね・・・・・・

 

 なのに

 あれから

 数年も経たない

 こんな花冷えの日に

 忽然と あなたは

 この世から

 いなくなった

 

 その刹那

 あなたの胸に

 去来したものは

 何だったろう?

 

 あの日の

 夜桜が

 月灯りに

 ほのかに

 白く浮かび上がってる

 

 「ねえ

 人は 死んじゃうと

 その先

 どうなっていくの?」

 

 そのこたえを

 今夜

 あなたは

 知っただろう

 

              第一詩集「新選組になればよかった」(収録)

                              一部改稿

 

 

 

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先般、詩と小説は違うし、詩と短歌も違うと書いた。

それは、単にセンテンスの長短だけで、そりゃ、短い方が簡単に決まってるだろうと勘違いしてもらっては困るから、そう書いた。

1週間で書ける小説もあれば、ひと月掛けても未完成な短歌はある。

それぞれの役割、それぞれの魅力がある。

とはいえ、同じ文学である。まったく、異質なものとまではいえない。

詩のなかに小説をみたり、小説の中に短歌をみたり、短歌の中に詩をみたり。

一首の短歌が、ヒントになって、詩となり、小説となり、ひと味違う文学香を放つこともある。

たとえば、ぼくが詠んだこれらの短歌のように。

 

 

     遠い日に 父を殴りし この右手

          指の先から 朽ち果ててゆき

 

     眠れない そんな時代に 我は生き

          真夜中に聞く 亡き友の声

 

     満天の 星空の下 こどもらが

          虫取り網で 星を追う夜

 

     蝉時雨 耳をつんざく 夏模様

          あと十日後に この世にはなく

 

     母おぶる 紙ひとひらの その軽さ

          飛ばされぬよう力を込める

 

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朝は5時前には目が醒める。TVはまだ、放映されていない。PCから、ニュースを調べる。先ずは政治経済からだが、きのうはイヤでも「ピエール瀧の逮捕」が目に飛び込んできたが、それよりもプロ野球ロッテマリーンズの永野将司投手が「広場恐怖症」であることを告白したことに、興味を持った。それまで「体調不良」としていたが、実は「広場恐怖症」であるとカミングアウトしたというのだ。

この場合の「広場」は原っぱやPLAZAを意味するものではない。

特に飛行機や、新幹線などで長距離移動中、激しい動悸とパニック発作に襲われる病気だ。

もしくは、また不安や発作に襲われるのではないかという「予期不安」で飛行機や新幹線に乗れなくなってしまう。野球選手にとっては、移動というのは、ついて回るものだから、致命的だわなあ。

ぼくも20歳の頃に、不安神経症を発症している。しかし、精神科への受診を拒絶していたために、不安が不安を生み、強迫観念に苦しみ、離人症まで発症するようになった。不安神経症といっても、さまざまな恐怖症が複合的に混在している。ぼくは、今以て、ひとりで電車に乗ることが出来ない。だから「広場恐怖症」になったひとの気持ちはよく分かる。

今ではそのような不安症、恐怖症をひとくくりにして「パニック障害」と呼ばれているが、厳密には、そんな単純なものではないという意見も精神医学会ではあるのが実情だ。ぼくも、そう思う。

朝一番に、そのようなニュースに触れてしまったので、気分が重くなった。

自分までが、最悪の状態まで気持ちが落ち込んでしまうような不安に駆られた。

で、気分転換に前から観たかった「アリータ:バトル・エンジェル」に息子が付き合ってくれた。

この映画は名匠ジェームズ・キャメロンの制作。

タイタニック」「アバター」などを手掛けている。

原作は木城ゆきとの漫画「銃夢(がんむ)」。原作に惚れ込んだキャメロンの夢が詰まった作品。

鉄くずの山から、少女のマスクが発見され、ボディーを取り付けられて、サイボーグとして蘇る。

その少女が、アリータ。過去の記憶を失っている。

しかし、脳は生身のもので、ふとした瞬間に断片的ではあるが自分がサイボーグ戦士であったことを思い出す。

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右がモーションアクターを務めた女優のローサ・サラザール

ナチュラルすぎるCG映像には度肝を抜かれる。超お薦め!!!!!

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迫力満点のバトルシーンも多く、テンポの良いストーリー展開にぼくは、キャラメルポップコーンを頬張りながら、思いっきり痛快で幸福な時間を過ごせた。

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ぼくは全般的な不安障害、恐怖症、それに鬱症状に罹患しているが、病気も年を取る。

薬の力も借りながら、つかず離れずの関係でやり過ごすしかないと思っている。

治そうと、頑張ってはいけない、この病気だけは。

そうすれば、「アリータ:バトル・エンジェル」のような素敵な映画とも、何度も出会えるだろうし・・・・・・・・。

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ぼくの詩集が、かなりの小中高等学校の図書室で閲覧していただくことが出来ると聞いたことはあった。自慢ではなく、ああ、出版社が頑張って売り込んでくれたのだなあと思っていた。しかし、実際は、生徒や親御さんが個人的に学校に寄贈していただいている例も少なくはないらしい。

そして、その詩集が、実際に教育の現場で生かされているという、信じられない事実を過去にも聞いたことがあった。むろん、ぼくの詩集は教科書ではなく、むずかしくない言葉の実験の場である。

一番最近に耳にしたのは、近くの小学校のHPにぼくの詩が使われている、という話。

 

「今日は図書の紹介」(〇〇小学校HP)

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今日は図書の紹介をします。著者〇〇〇〇氏の詩集です。

「にぎやかな食卓」「蝉の啼く木」「眠れない時代」の3冊が学校の図書館に入ってます。その中の「にぎやかな食卓」に収められている『禁じられた言葉』という詩を紹介します。

        

           禁じられた言葉

わたしは

もう

なにも

語らない

 

いつも

あなたを

傷つけて

しまうので

 

時に

多くの

だれかを

不幸に

してしまうので

 

私たちの近くに素敵な作家がいることを知っていますか。

作者は〇〇区在住の作家です。

             (後略)

                     HPより転載

近年、心ない言葉で、幼いこどもが命を落としたりする事件とも取れる事案が発生していて、言葉の大切さを教えたいという学校側の回答をいただいた。

ぼくは、複雑な心境に駆られた。高校生ならともかく、小学校でこの詩が理解できるのかなって。まあ、先生方がかみ砕いてかみ砕いて真意を伝えていただけるなら、納得もするけど。

              

               お詫び

 

前記事が3月1日に記事化したにもかかわらず、掲出日が2月23日と表示されてしまい、はてなさんにお問い合わせをしていました。

おそらく、2月23日に書いた下書きをアップしたのではないかとおっしゃられましたが、ぼくは下書きをしないで、ぶっつけで公開するので、いつも、記事化した日に掲出しています。ですから、この記事は3月1日に書いたものです。

日付を訂正するに当たって、はてなさんのご説明通り、編集オプションから変更しました。すると、ブックマークやスターがすべて消失してしまいました。

スターに関しては340を超えていたと思います。拙記事にわざわざスターをつけていただいた読者の皆さん、ブックマークをつけていただいた読者の皆さんに深くお詫び申し上げます。おそらく、PC音痴のぼくのことですから、はてなさんのご指示通り設定し直しても、どこかでやり方を間違えてしまったのだと思います。

今後、再演しないように努力してまいりますので、どうか、今回の事案をお許しくださいませ。

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もう3月だ。1日1日が、飛ぶように過ぎていく。そう考えると、人生って、思っているよりも、短くも感じるし、その分、愛おしくも想う。

去る2月14日。まあ、いわゆるバレンタインデー。その日を意識するほど、若くはない。妻と娘からチョコはもらう。しかし、このチョコ、一種の毒饅頭で、一度ありがたくいただくと、ホワイトデーには10倍返しという危険な罠が仕掛けられている。

まあ、そういうことができるのも、現役で働いていられる間だけだ。

そのことしのバレンタインデーの朝早く、ぼく宛に真っ赤なバラの花束が届いた。

メッセージカードにはst.バレンタイン文学大賞に選ばれたと記されてあり、差出人として西日本の女学院の名があったが、まったく心当たりがなかった。

1時間後に別便で届いた速達を読んで、事の詳細がはじめてわかった。

西日本に存在する、ある女学院の高等科の生徒さんのアイデアで、st.バレンタイン文学大賞委員会なるものを有志で昨年の秋口から設置し、学校の生徒さんに「バレンタインデー」に一番ふさわしいと思われる小説、詩集、エッセイ集、名言などを今年に入って推薦してもらい、2月の半ばから委員会の生徒さんが毎日検討を重ねに重ねた結果、500点以上の文学作品の中から、ぼくの詩集とその作品が第1回st.バレンタイン文学大賞に選出されたとのことだった。

だれかの、いたずらの可能性もあると思い、その女学院に問い合せた。

すると、顧問の先生が出られて、間違いありませんよ。本学院としても承認しており、

連絡先が分からず、出版社に電話しても、教えてもらえず苦慮していたが、生徒の母親がサンリオ「詩とメルヘン」の読者で、そこに書かれてあった住所を使わせていただいたので、ご了承願いたいとのことだった。そうか、むかしは、プライバシーもだだ漏れの状態で、掲載されるたびに、住所は書かれていたことを思い出した。

「しかし、それは奇跡的なことですね。ありがたくお受けいたします」と言いたかったが、涙が溢れ出して、途中からは言葉にならなかった。

顧問の女性の先生も「逆にご迷惑ではなかったですか。生徒たちは本当に真剣でした。熱かったです。ご受賞は本学院の総意です。」と涙声で、応えてくださった。

過去の栄光に過ぎないが、ぼくは、ここ20年くらいで大きな詩の賞をいくつも獲得した。

飛ぶ鳥を落とす勢いの如くだった。しかし、最近は新聞の投稿さえ、疎遠になっていた。ほんと、運が良かっただけかもしれない。

でも、これまでもらったどんな賞よりも、プロが選んだどんな作品よりも、今回の生徒の皆さんが放課後遅くまで残って選んでくれた、名も無きこの賞のことを誇りに思う。

 

            一篇の詩

 

      あなたと

      風のように

      駈け抜けた

      青春の日々が

 

      いつか

      一篇の詩に

      なりますように

 

      あなたの

      そばにいるだけで

      生まれてきたことさえ

      幸せに思えた日々を

 

      きっと

      だれかが

      口ずさんで

      くれますように

 

 

                  第4詩集「にぎやかな食卓」収録。

 

 

            

 

 

         

 

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厳しい寒さも手伝って、何をするのも億劫だった。

そうでなくとも、鬱病を患っているのに。

しかしながら、鬱病は長年のともだちだ。鬱状態をコントロールできれば、創作にいい

影響を与えてくれる。ペンも進むし、よりクオリティーの高い作品が次々と産み出せる。気分障害にさいなまれながらも、短期間で10篇の詩を書き上げた。

それで、きのうは休筆日にあてていたが、ふと、気まぐれで短歌を詠んでみたくなった。10年以上前になるが、産経新聞東京新聞などの歌壇にもよく載せてもらっていた。そのときの快感を思い出した。

5首の短歌を即興で詠んだ。

なぜか、妹がよく出てくるが、ぼくに妹などいないし、いたらいいなあという憧れもない。物書きは総じてうそつきだ。

 

 

   春風と 消えた妹 今何処 

            母と語りし ひな祭りの日

 

   野良犬が 目で物をいう 裏路地で

            おまえは孤独 われと同じと

 

   父母と 行方知れずの いもうとと

           われも家出て 家族解散

 

   仕事場で 他人のふりを 演じても

           手不意に触れて こいごころ燃ゆ

 

   妹の 乾いた絵の具 パレットに

           なみだで溶かし 描く在りし日

 

小説と詩は違う。詩と短歌も違う。長い文章だから難しく、短い言葉だから誰でも書けそうだというのは、大いなる素人考えに他ならない。