f:id:tigerace1943:20181121093213j:plain

今、ニュースのど真ん中の日産の自動車を乗る機会はなかった。足回りはいいと聞いていたが。経営再建のカリスマが逮捕され激震が走っている。

日産の場合、いくら経営再建といっても、2万人ものリストラが敢行されているし、そんな、経営再建って意味あんのかなって、腕を組んでしまう。

ぼくが乗ってきた車は、ダイハツダイハツと続いてトヨタ、そして、現在はホンダ。

これで、最後かな?

さて、この未完成の絵、どこかで見たような自動車のシルエットだが、だれが、デッサンをしたのだろう?

意外と知られていないが、ナチス・ドイツ総統のアドルフ・ヒトラーである。

庶民が乗れる車、つまり国民車(フォルクス・ワーゲン)の草案で、ポルシェ博士が

設計し、日本でも根強い人気のビートルの原型が誕生したのだ。

20歳の頃、友人に運転させてもらったことがあるが、まず、運転席を一番前に持ってきても、クラッチペダルが最後まで踏み込めず、運転中、なんどか、怖い思いをしたという記憶がある。いまなら、絶対に乗らないね。

f:id:tigerace1943:20181107173037p:plain

11月2日、大阪城ホール

椎名林檎・「(生)林檎博’18~不惑の余裕~」と銘打ったコンサートが開催された。

19時開演というのも、林檎さんらしい、ちょっとアダルトな時間帯。

「チケット、余ってへんかあ~」と数人のおっちゃんに声をかけられた。

まだ、ダフ屋さんって、いるんだと驚いた。

会場に着いたのは1時間前だったけど、もう、超満員、立ち見のお客さん

も含めて。

椎名林檎のコンサートは、東京事変のヴォーカル時も含めて、はじめて。

アーティストのコンサートには、ファンにしかわからない、約束事があったりする。

「本能」のコスチュームの看護師の人もいたし、妙に和服の姉さん方が多かったし、

これはグッズなのか旭日旗のような小旗をほとんどの人が持っていた。

観客は女性が8割くらいかな。

まだ、コンサートはさいたまスーパーアリーナやマリンメッセ福岡を残しているので

レポートらしいレポートはできない。楽しみにしているファンの方も多いだろうから。

しかし、ぼくも、すこしは語らなければならないので、コンサートまだのひとは、この先、読んでいただいては駄目。とはいえ、ネット上に情報は溢れかえっているけど。でも、当ブログのスタンスなので。

まず、初っぱなからの総立ちに驚いた。ド派手なオープニング。

レーザービームが客席を駆け巡り、ステージのバックはスクリーンになっているようだ。

感心してしまったこと。

椎名林檎が、可愛すぎる。美人すぎる。

椎名林檎が、歌がうますぎる。

椎名林檎の、いい歌が多すぎる。タイトルは「本能」「おとなの掟」以外一曲も知らないのだが。

④MCなし。

⑤ゲストに宮本浩次エレファントカシマシ)、トータス松本ウルフルズ)デュエット曲で。ただし、ひと言のMCもなし。そこが値打ちあるんだよね。

⑥ステージバックのスクリーンに流れる画像がアート過ぎる。

⑦奇抜とも思える演出だが、ハイセンスで上品さも兼ね備えている。

まあ、はじめての生林檎さんだったが、「圧巻!!」という言葉以外思い浮かばない。

他の人は、どう感じるかは、わからない。

アンコールの和装は花のお江戸の小粋な姉さんってイメージ。

和柄の傘を差して、その傘をポトンと落として「アンコールありがとう」。

う~ん、かっこ良すぎるぞ!!!!!

40になっても、林檎さんの才能は、ますます、増幅され、磨きをかけているようだ。

もう一度いうが、うっとりするほど、色っぽく、可愛く、美しいひとだ。

f:id:tigerace1943:20181102082614j:plain

ぼくが、当ブログでよく登場させる産経新聞・朝の詩は先に述べたとおり、選者が

交代したので、あまり、魅力を感じることができず、妙な言い方だが「様子見的投稿」だけは続けている。けっして、媚びるのではないが、この選者は、どういう作風に興味を示すのだろうと、ぼく自身も手探りの状態で詩を書いている。これは、掲載されなくても、未発表作品が、どんどんとストックされていくメリットがあるからに、他ならない。月3篇は選者交代前と同じく、続けている。

さて、本格的な詩の文学賞のシーズンは夏頃から、翌冬くらいまでに集中している。

今の文学賞は、そのほとんどが、地方自治体に委ねているのが実情だ。いや、委ねているというよりも、地方自治体が、主催者そのものになっている。

賞金は少額だが、詩人会議新人賞くらいかな、自前でやっているのは。メジャーなところでいうと。もう、なくなったが、北陸中日新聞日本海文学大賞もあったが。

事実として伝えると、ぼくは、運が良くて、名のある詩の文学賞は15年くらいの間に、ほとんど、受賞することができた。地方自治体の主催もあったから、100万を超える賞金を税金でいただいたことになる。

詩集の賞は応募しない。審査基準が極めて曖昧だからだ。

中原中也賞とかあるけど、詩集に与えられる賞で、作品のバランスか、あるいは本としての装丁か、デザイン的なものか、はたまた出版社なんかも関係してくるのかなあなんて思っちゃう。

で、長い詩作の歴史の中で、ひとつだけ応募していない文学賞がある。

それが、写真の白鳥省吾賞だ。これも、宮城県栗原市が主催している。賞金は20万円。テーマも長年不変で「人間愛」「自然愛」。明確なテーマだから、書こうとしても、書いたとしても、納得できなくて、ポストに落とせない。

これまでにも、他の賞で、さまざまなテーマという制約があった。「日本海」であったり「母」であったり、ユニークなところでは「蟹」とか「水仙」とか。

今年も、夏に入った頃から、ぼんやりと考えてはいた。

「ムーンライト・セレナーデ」などと仮のタイトルをつけ、ぼくと車椅子のきみが、もしも、いつか、どこかのお金持ちのように、月旅行に行ったなら、ぼくらは、月のクレーターの醜さに絶望し、月から見える地球に感涙し、宇宙船が故障し、宇宙の塵と成り果てても、ぼくときみの意識は永遠の地球への郷愁感を持って、彷徨い続けるだろう、みたいなことを考えて文章にしたけれど、こりゃだめだ!という気になって削除した。

10月31日、白鳥省吾賞の応募作受付締め切り日。消印は今日まで有効。ぼくは、どうにもこうにもからだがだるくて、うたたねをしていた。そのとき、ぼんやりとだが、春の始まりの日の、ある光景が不意に浮かんだ。寝ぼけた頭で話を組み立てていく。

からだに力が漲ってきた。これこそ「人間愛」ではないかと。ぼくは飛び起きて時計を見た。夕方6時。ぼくは、あわててパソコンに向かって規定の原稿用紙2枚分の作品を完成させた。近くの郵便局の本局まで、バイクを飛ばした。

夜の11時。今なら31日の消印を押してもらえる。

心臓のドキドキが止まらない。

ギリギリセーフだ。ぼくは、大きく深呼吸をして、夜間勤務の郵便課の職員の前に、

立ってニヤリと笑ってみせた。

「今日の消印まで有効なので、よろしく」。といって封筒を差し出した。

 

f:id:tigerace1943:20181026182549j:plain

ばんばひろふみが12月にコンサートを行う。
「いちご白書をもう一度」「速達」「SACHIKO」などのヒット曲がある。
京都府立文化芸術会館というライブ会場なのだが、キャパが450人程度。
信じられないことだが、チケット発売2週間を過ぎても、まだまだ、席が
埋まらない。当初から一般発売の早い者勝ちだったので、チケット受付開始
の時間はメンタルクリニックの診察があったので、もう、チケットは諦めていた。
1時間くらいでsold-outしてしまうのだろうと。
しかし、クリニックからの帰り道のコンビニから、
チケットはいとも簡単に買えてしまえた。それも、前から2列目のほぼ真ん中の
席をゲットできた。。
そんなとき、沢田研二のコンサートのドタキャン騒ぎ。
さいたまスーパーアリーナで9000人集客のはずが7000人しか集まら
なかったから、プライドが傷ついたというアレ。
XーJAPANのYOSHIKIは、台風で公演中止になったけど、ネット配信のライブ中継
をやって賞賛されたけど。それも、大正解だと思う。
けれど、まあ、アレはアレで沢田研二なんだよな。よく、お客さんのことを、
考えろ!
とかいうひといるけれどね。その日にしか、来れなかったファンの気持ちとか。
思い上がりも甚だしい。ファンあってのアーティスト。勝手な論理。モラルの
問題とか。
ファンへの裏切りは許しがたい・・・とかね。
しかし、個人的には、それも含めて、沢田研二・・・ジュリーなんだよな。
不器用なんだよな。
沢田研二は、いつも、MCで、ある程度のキャパが埋められなくなるよう
だったら
歌をやめる、と明言していたし、イベンターには、お客さんが入らないよう
だったら早めに言ってね、ぼくは、歌わないからと。
沢田研二は、それで「沢田研二」「ジュリー」というブランドを守ってきたん
じゃないかな?
たったひとりの観客のために、心を込めて歌うアーティストもいるだろうし、
沢田研二みたいにゴネてみるのも、きらいではない。
褒められることでは、決してないけどね。
ところで、最初に戻るが、ばんばひろふみというアーティストをぼくは、
あまりよく知らない。バンバン時代の「いちご白書をもう一度」に感銘し、
ソロになって「SACHIKO」を聴きまくったことくらい。DJとしても評価が高く、
主に地元京都で活動している。
谷村新司とか杉田二郎堀内孝雄などとのジョイントコンサートは、
よく開催しているようだが、オールばんばひろふみは、久しぶりじゃないかなあ。
しかし、たった450席が、まだ、埋まらない。

f:id:tigerace1943:20181022080510j:plain

暑すぎた、いや、熱すぎた夏が、ようやく過ぎて、すっかり秋めいてきた。とはいえ、今月中は、まだ、夏日があるという。

ぼくも、所用がなんとか片付く目処が付き、ブログの記事を書けることを、しあわせに思う。同時に、2ヶ月以上も空けてしまったことを申し訳なく思う。

その間、産経新聞朝刊朝の詩のファンや投稿者に激震が走る「事件」が起こった。

9月21日の産経新聞朝刊一面に10月1日からの朝の詩の選者交代の記事が載った。

新川和江が選者を降りる!?         ショック!!!!!!!!!

むろん、ご高齢ではあるし、いつか、こういう日が来ることは予測はできたし、覚悟もしていた。最悪の場合、朝の詩そのものがなくなることも、憶測としては、ある現実味を帯びていたことも、たしかだ。

過去にも書いたかもしれないが、ぼくは、やなせ・たかしからは「抒情性」を、菊池貞三からは「不条理性」を、そして、新川和江からは「エレガントな彩り」を学んだ。

朝の詩では、新川和江に「恋文をしたためるように」作品を送った。

10文字×14行(投稿開始当初は文字は小さかったが、もう少し長めの文章が書けた)に自分の世界を描く、想いを届ける、それに新聞なので、制約も限りなくある。

長文を得意としていたぼくだったが、文章をそぎ落とし、表現を変え、いいものを作り上げていく・・・・・この作業はほんとうに勉強になった。

実際大きな文学賞の多くは、朝の詩投稿以降に獲得している。

36年の長きにわたり、選をしていただいた新川和江氏に感謝の意を表したい。

さて、新選者の八木幹夫氏、責任大きいよ!

10月に入って、つぶさに、どのような作品が選ばれているのかを、分析してみた。

あくまで、ぼくの個人的見解である。

①朝を意識しすぎかな。

②地味な作品が多い。

③土の匂いがするようなナチュラルな作品が多い。

④あきらかに上手くない作品は載せていない。無難な作品を、という印象。

⑤ドラマよりも、心象的風景を好むようだ。

まあ、八木幹夫氏も、今は、手探りの状態だろう。

参戦するかどうかは、もう少し様子をみよう。媚びるのではなく、選ばれる作品を書くならば、戦略はたしかに必要である。

 

f:id:tigerace1943:20180816074324j:plain

お盆も終わり、日常が戻ってきた。

姉たちの帰省、義母の初盆、それに初孫の誕生祝いに駆けつけてくれた多くの

友人、親戚へのおもてなしもあって、けっこう、多忙だった。

その中で、詩の文学賞に応募する原稿用紙2枚程度のシリアスな作品を2篇書いた。

まだ、手直しは必要だが。

さて、以前にも書いたかもしれないが、日々の郵便物が多い。ほとんどが、ぼく宛で

ありがたいことに詩集や歌集の恵贈だ。

見知らぬ人が9割を占める。全部読んで、感想などをお返事したいのだが、物理的に

困難な状態にある。興味を惹く作品は、今すぐ読めなくても、とりあえず、本棚に並べておくが、それも数が限られている。正直に告白すると、それ以外の献本は目さえ通せずに押し入れの奥や「ごめんなさい」と心で謝って廃棄せざるを得ないのが実情である。

今回、ご紹介する歌集「ザビエル忌」の著者八木博信氏は第45回短歌研究新人賞の受賞者であり、詩の方では、日本海文学大賞の詩部門の大賞を、ぼくと競い合った文学の仲間であり同志である。

ぼくは、ずーっと詩を書いていらっしゃるものだと思っていたが、送られてきたのが

歌集ということで、驚きながらも、興味を惹いた。

短歌と呼ばせていただいても、良いものと勝手に理解するが、敢えて、平易な言の葉で

紡がれていて作品の1首1首が読者に寄り添っていて、八木博信という人間力に触れることができる。

いくつかの章に作品が分類されているが、それぞれに現代的で、等身大で、ロマンがあって、耽美的でさえある。詩的な余韻の残る作品が多い。

ぼくは、これまで歌集といえば寺山修司の「田園に死す」しかお薦めしなかったが、

推薦本が1冊増えたようだ。

ぼくが、いちばん気に入った作品を1首ご紹介させていただく。

「わが受賞 旅情のごとしあと七日戸川京子が自殺するまで」(明日への祈り

珠玉の1首だと思う。

ご興味のある方はこちらからどうぞ。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B6%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%AB%E5%BF%8C-%E5%85%AB%E6%9C%A8%E5%8D%9A%E4%BF%A1/dp/4907891644/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1534376944&sr=8-1&keywords=%E5%85%AB%E6%9C%A8%E5%8D%9A%E4%BF%A1

 

f:id:tigerace1943:20180729125459p:plain

  

殺人的な夏のひかり。命に関わる酷暑を、何日か乗り切って、ある朝目覚めると、

呼吸がなんだかおかしかった。

空気を吸っても吸っても、空気が足りなくて、苦しんだ。

過呼吸の発作が、しばらくぶりに出て、ビニール袋に息を吸ったり、吐いた

りしているうちに収まったが、もう、きょうは仕事どころではないというく

らいの不安障害に見舞われた。あわててクリニックで診てもらった。ドクター

は、「今月はまだ、産経新聞に詩が載りませんね。」と暢気なことを言って、

2週間の自宅安静の診断書を書いてくれた。安静にしていても、気力が湧か

なくて、薬も効いているようで、効いていないようで。

中島みゆきのコンサートが、今年も行われないことを知り、輪を掛けて

ガックリときた。でも、椎名林檎が秋に大阪城ホールでコンサートをやる

ことがわかり、すこし、新鮮な気分になって、抽選だが、チケットを申し込んだ。

さて、夏から晩秋に掛けて、詩の文学賞の応募がある。いい知れない不安感と

共存して、作品に取り掛からなければならない。

その準備段階として、短歌とは呼べないかもしれないが、詩の素のようなものを

短歌風に書いてみた。

前2回の短歌発表が、好評だったので、三度、図に乗って。

                   

                        君と行く 夏の終わりの バカンスは

                                                               超大型 台風近し

 

                        梅雨の蝉 啼くこともなく 命尽き

                                               亡骸の眼は 夏を見つめて

 

                       気がつくと 若葉が萌える 窓の外 

                                                 息たえだえの 母の手をとる

 

                      優しさと 親切の意味 違うのと

                                   はじめて気づく きみと別れて

 

                     火葬場の 煙目で追い 天に問う 

                                                     命のかたち 次は何かと