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9月16日、台風18号の影響で秋雨前線が活発化するどしゃぶりの雨の

中、大阪城ホールで、毎年恒例の大阪開催のみのビッグイベント

「君と歩いた青春2017」コンサートが行われた。今年で9回目。

超満員の観客は、やっぱり、ぼくよりも、ひとまわりかふたまわり上

の世代のひとたちが、大半を占めていたように思う。

憶えている限りのセットリストを書き出してみよう。

 午後4時開演。

 夏の少女(南こうせつ・全員)
湘南・夏(伊勢正三)
オリビアを聴きながら(尾崎亜美)
天使のウインク(尾崎亜美)
九月の雨(大田裕美)
木綿のハンカチーフ(大田裕美)
ANAK~息子~(杉田二郎)

シークレットゲスト・べーやんこと堀内孝雄登場

戦争を知らない子供達(杉田二郎堀内孝雄)
遠くで汽笛を聞きながら(堀内孝雄)
花はどこへ行った(全員)
銀の指輪(姫野達也)
心の旅(姫野達也)

15分インターバル

シークレットゲスト・押尾コータロー登場

押尾コータロー伊勢正三とのギター競演。

戦場のメリークリスマス(押尾コータロー)

シークレットゲスト・杉山清貴登場

君の瞳はマリンブルー(杉山清貴)
二人の夏物語(杉山清貴)
海岸通(イルカ)
サラダの国からきた娘(イルカ)
なごり雪(イルカ・伊勢正三)
神田川(南こうせつ)
22才の別れ(伊勢正三南こうせつ)
ペテン師(伊勢正三南こうせつ)
あの人の手紙(南こうせつ伊勢正三)
お前が大きくなったとき(南こうせつ)
ささやかなこの人生(全員)
君と歩いた青春(全員)
今はもう誰も(堀内孝雄)
風(全員・杉田二郎が属していたフォークグループ・はしだのりひこ

シューベルツの名曲)

終演午後8時20分。

ゲストのべーやんは面白かったし、こうせつとイルカのMCは会場を

沸かせるし、杉田二郎の声には魅了されたが、もう、変えようがない

のかなあ。

以前も書いたが、マンネリ化は否めないし、歌もほぼ固定化している。

まあ、「夏の終わり」と「青春のころ」という大前提のテーマがあるから、

仕方ないのかもしれないし、年に一度のことだから、それだっていいじゃん

という想いもあるけど。ちょっと、複雑。という感情を今年も抱いてしまった。

 

 

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クリストファー・ノーラン監督の最新作なので、映画館に足を運んだ。

1939年9月1日ポーランドへ侵攻勝利したドイツ軍は、1940年5月10日オランダベルギールクセンブルクに侵攻、5月17日以降に北フランスを席捲した(ナチス・ドイツのフランス侵攻)。

まだ、アメリカは参戦していない。大戦初期の実話だ。

 ドイツ軍は戦車航空機といった新しい兵器を中心とした電撃戦を展開、その火力・機動力を集中運用する新戦法によって連合軍主力の後方を突破すると、ドーバー海峡まで駆け抜けてこれらを包囲し、ダンケルクへ追い詰めた。その追い詰められたイギリス軍・フランス軍約33万の兵士の大撤退劇(ダイナモ作戦)が描かれている。民間船舶によるイギリス本土への脱出だ。

のっけから大迫力の映像と息詰まる緊迫感の連続は見事である。

ひたすら逃げ惑う連合軍兵士の姿とスピットファイヤーとドイツのメッサーシュミットの空中戦が交互に描かれるだけなのだが、本年イチオシの映画である。主人公という主人公も登場せず、セリフが極端に少ない。だが、これがいいのだ。

撤退命令を下した当時のイギリスの首相・ウィンストン・チャーチルは後年第二次世界大戦という回想録を出し、ノーベル文学賞を受賞している。

第二次世界大戦」の中でも、ダンケルクの戦いダイナモ作戦のいきさつ、その後のノルマンディー上陸作戦に至るまで克明に描かれている。

重火器類などの運搬を諦めて、兵士という人員だけを優先的に撤退させたチャーチルの判断は、今以て、高く評価されている。

まっ、映画は、ポップコーンを頬張る暇も与えず、あっという間の2時間だった。

 

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実のところ、こころの調子が良くなくて、4日から10日間の「自宅療養必要」の診断書がでている。たしかに、数日前から、その前兆のようなものはあった。愛車に乗ろうとすると、急に足元がすくむような恐怖で一歩も動けなくなったり、空が視界に入ることに抵抗を感じたり、おかしいとは、思っていたのだけれど。3日には、頭と胴体が、まるで、離れているような感覚に捉われ、自分のからだが、自分のものだと実感できなかった。あとは、もう、激烈な気分障害にさいなまれた。もう、30年以上、おつきあいしている持病なのに、いざ、症状がでると持病に対して、正確な判断ができなくなって「なんなんだ、この感覚は」ということになり、いきつけのクリニックに診てもらう。

もちろん、これらの症状を、今なら、ひとつひとつ医学的に自ら説明することはできるが、症状が出てしまうと、そんな余裕など吹き飛んでしまう。

女性ドクターはいう。「詩を書いていきなさい。この病気は、〇〇さんのように芸術分野で活躍している人にとっては、必ずプラスに働きますよ」って。以前も書いたが、そのように、おだてつづけられ、詩を書いてきた。それの、くりかえしだ。

診察を終えて、自宅にもどると郵便受けに上の詩の文学コンクールの応募要項のチラシの入った封筒が投函されていた。6月頃から、別の文学賞への応募の誘いの郵便がひっきりなしに届いていて、その時までに、原稿用紙2枚程度ものを2作を仕上げていた。

チラシの蟹と水仙の文学コンクールは、10年近く前に応募して、大賞は逃したが、次賞の奨励賞を受賞した。1等賞好きのぼくは、満足ではなかったが、選考委員長が詩人の荒川洋治だったので、まっ、2番でもいいかという気持ちになった。

授賞式は福井県越前町で行われた。ひとりで電車に乗ることが困難なので、妻にも付き添ってもらった。会場のすぐそばは日本海。灰色の日本海は大荒れだった。空に、今にも落っこちそうな重たい雲が、どこまでもつづいていた。授賞式には似つかわしくない風景だったが、ぼくの精神風土と重なり合っていて、とても印象深く感じられた。

こころの症状も、軽くなったあたりから、ぼくの頭の中は、無意識に、この文学賞に向けての物語を紡ぎだしている。

病気休暇の満了日以降、実際に、文章化したいと思っている。

 

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9月1日、病院で検査を受けた後、京都へ向った。ロームシアター京都(旧・京都会館)のサウスホール(旧・第2ホール)で原田知世の「35周年アニバーサリー・ツアー・音楽と私in京都2017」と銘打ったコンサートが催されたからだ。サウスホールのキャパは712席で、非常に落ち着いた雰囲気の、木のぬくもりが感じ取れる中ホール。

19時開演。時をかける少女原田知世登場。

主に、セルフカバー曲を歌った。「ロマンス」ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ~」「うたかたの恋」とか、カバー曲の「年下の男の子」(キャンディーズ)「september」(竹内まりや)とかね。

MCなんかも、おしとやかで、ひかえめで、特にバンドのメンバー紹介のとき、ひとりひとりを「さん」付けで紹介していたのが、印象に残る。

バンド活動は女優業と平行して行っているが、彼女は、やっぱり、女優さんだと思う。そう認識すべきだと思う。表情が豊かだし、ファルセットが歌えなくても、音程がはずれても、歌詞をまちがえても、フライングして歌いだしてしまっても、全部、許せちゃうからね。覚えたてのギターも、恐る恐るバンマスに「合ってる?」なんて聞きながら、しっとりと歌を聴かせてくれる。まあ、それは、ファンの心理だろうが。

とにかく、可愛い!声もいい!

ラストアンコールはアコースティックギター1本の時をかける少女だった。

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 この間の短歌の記事が、思いの外、ご好評だったので、図に乗って第2弾を発表させていただく。申し上げたように、正確な「短歌」とはいえないが、いずれの作品も新聞で活字化されている。

 

         国道に 秋風吹けば さみしげな

             ガードレール下 一輪の花

 

        

         夕暮れに 亡き妹の 声聞こえ

             「早くおいで」と 九月の童話

 

      

         ともだちが 冷蔵庫開け からっぽと

             遠慮なく言う 貧乏長屋

 

 

         バイトする 油汚れの 我を見て

             「知らない人よ」と きみ通り過ぎ

 

 

         餓鬼を描き 菩薩も描いて 地獄描く

             きみがモデルの 初個展の絵

 

 

まあ、誠にお粗末だけど、このなかでは5番目の解釈がちょっと難しいかもしれない。

こたえは書かないが、餓鬼とか、菩薩とか、地獄というのは、仏法で説く「生命の状態」のこと。

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複数の読者の方から、「あの詩を、もう一度読みたい!」という、ありがたいリクエストをいただいた。特に、名作でも力作でもない。ただ、ぼくらしさはでている。

実は、以前、このブログに存在した。少なくとも、1時間くらいは。

発表のあとに、誤字に気付き「編集」して再度「公開」したのだが、記事がブログ上に戻ることはなかった。どこぞの国のサイバー攻撃でも受けているのかと思った。

でも、IEで記事を書くとき、この手の不具合が多いことを後から知った。もちろん、意図的に理由があって、削除せざるを得ない記事もあったが、この記事は違う。すでに、いくつかの★マークもつけていただいていたのを憶えている。

(すでに、閲覧いただいて★マークをつけていただいた読者の皆様にお詫び申し上げます)。

今はグーグルクロームに統一しているので、そういう不具合は起こっていないと思うし、そう願っている。「なんや、おんなじ詩やん」という方もいらっしゃって当然なのだが、強いリクエストもあり、ぼく自身、愛着のある作品なので、再掲することをお赦し願いたい。詩のタイトルも奇しくも「ごめんね」である。

 

 

      ごめんね

       

 

 ぼくが

終わるとき

 

もしも

きみの名を

呼べなかったら

ごめんね

 

きっと

ぼく

 

痛いとか

こわいとか

助けてとか

 

言ってしまうと

思うから

 

 

 

      

先の安倍改造内閣の顔ぶれの中に野田聖子氏の姿があって、思い出したことがある。

もう、20年くらい前になるのかなあ。日本郵便が、まだ、国家公務員の時代で、郵便局で働くものは、郵政省(現・総務省)の正規の職員だった。毎月、内容の充実した「郵政」という冊子が職員分発行されていた。仕事のことばかりではなく、過去の偉人たちの名言や、メンタルヘルス疾患の予防法や、有名女優さんのエッセイなどか掲載されていたりして、職員の間でも、よく読まれていた。

その中に『文芸のページ』があって、毎月、詩を募集していた。省内機関誌ではあったが、入選している作品は読者の心にもしっかりと届く、ディテールの凝った、レベルの高い作品が多かった。選者は、朝日新聞社の記者出身の詩人で、菊池貞三だった。

当然、出たがりのぼくも、参戦することになった。

大賞を受賞する前年は「ゼロが飛んだ、夏」。という作品一作で佳作だった。

年が変わって「寂光」「きみがいない」(詩集未収録作)「鉄の墓標」「魔法くんを知りませんか」の4作が1席で入選し、その年の郵政文芸賞の詩部門の大賞に選ばれた。

その年、内閣改造があって、野田聖子氏が初入閣で郵政大臣の職に就いていた。

大臣表彰があるということで、野田聖子郵政大臣より、賞状をもらった。

それが、どうした?という話なのだが、将来の有力な総理候補との「接点」が、かつてあったんだと、自分なりに、ある種の感慨にふけっている。郵政民営化法案にも、政治生命を賭して反対してくれたし、そのせいで自民党を離党したが、復党し、今回の内閣改造では総務(旧郵政省・旧自治省)大臣に返り咲いた。

 

さて、肝心の作品である。受賞の決め手となったのが「魔法くんを知りませんか」だったという。

 

         魔法くんを知りませんか

 

だれか 魔法くんを知りませんか

 

近所の砂山で遊んでいる時

「オシッコしてくる」といったきり

消えてしまった男の子です

 

あれは 妙に風のない日でした

 

怪獣の絵のTシャツを着ています

 

右手に大きなホクロのある男の子です

 

あれから 長い月日が流れました

 

最近 ぼくは夢を見るのです

おもちゃのバケツと

スコップを持ったまま

いつまでも さびしそうに

つっ立っている魔法くんの姿を

 

あれは 妙に風のない日でした

 

だれか 魔法くんを知りませんか

 

 

のちに詩人の安宅夏夫は「魔法くん」というのは、ちょっと漫画的すぎて、「正夫くん」とか「健一くん」にしたほうが良かったのではないかと、評したが、ぼくは「魔法くん」であることを譲れなかった。この詩は「ぼく」という「少年」の感情と視点で書いているからだ。

選者の菊池貞三は次のように、この作品を評している。

「神隠しにでもあったような、ある日突然の男の子の失踪。童話のような単純な明るさの中に、奇妙な『怖さ』がある。理由づけも意味づけもいらない。この〈不在〉のイメージの怖さに詩の味わいがある」。(「郵政」1998年12月号より転載)。