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きのうの産経新聞朝の詩に、拙作「フォークな日々」が掲載された。

やはり、新聞というメディアに作品を発表するというときには、ある意味、がんじがらめの制約があるので、ほんとうに、自分がいま、世に問いたい作品はなかなか書かせてもらえない。しかしながら、ぼくの想いは、普段、詩という文学とは、いちばん遠い人々に発信していることにブレはない。

 

     フォークな日々

 

仕事を終えて 

ヘトヘトになって

家にたどりついても

 

ギターを

ボローンと弾けば

疲れなんか

吹っ飛んでいく

いやなことだって

 

拓郎 こうせつ

正やん 千春・・・・

あの熱すぎた時代を

未だ 卒業できない

 

              (産経新聞朝刊2017・3・19付)

 

現在、2本のギターがある。

中学の時から使っているアコースティックギター

それと、去年買ったアコギよりひと回り小さい元祖フォークギター。

共にYAMAHA。ぼくのような、弦を一本一本爪弾いていくフィンガー奏者には小さいフォークギターの方が扱いやすい。音もいいし。

ほとんど、我流。

かぐや姫の「22才の別れ」(のちに風のデビュー曲となる)を、どうしても弾きたくて、テスト勉強そっちのけで練習に練習を重ねてマスターした。

20代のなかば、ひとりの女性に、自分で弾いた「22才の別れ」のカセットテープを「これ、聴いてみて」と手渡した。それから半年後、ぼくは、その女性と結婚することになる。

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ずいぶんと昔のはなしになる。ぼくが、広告代理店での人間関係に疲れて、当時、まだ、公務員だった郵便局の試験を受けたころのことだった。

ありふれた夜に、ぼく宛の一本の電話があった。美しい声の、若い女性だった。そのころ、商業誌でさえ、詩の作者の住所・氏名(本名)が載っていた時代だったし、電話帳にもこちらからNTTに記載不要の手続きをしない限り、電話番号が堂々と載っていたプライバシーなど、だれにでも漏れ伝わって、よく、いたずら電話とはいわないが、名前を名乗らないで詩の感想だけ述べて、ガチャンと電話が一方的に切れてしまうようなことが数知れずあって、閉口していた。

しかし、そのときの女性は某ラジオ局のDJのNさんであることを名乗り、ぼくの詩を自分の番組で朗読するという形で使いたいというのだ。ぼくの詩のファンで、自分はしばらく、番組から離れるが「番組のいちばんのメモリーとして、あなたの詩を朗読させてください」という殺し文句で、ぼくは、浮かれ気分で、あっさり、快諾してしまった。それから、約1時間くらい取材があって、どんなとき詩の案が浮かぶのかと問われて、「仕事中です」と答えると、やはり、その笑い方もゲラゲラというのではなく、とても上品なクスッというような感じだった。

朗読の候補として「雨」と「命のかたち」があるといわれた。

自分で決めてもいいかと問われ、当然イエスと答えた。

Nさんは「じゃあ、『雨』で」といわれたが、正直、ぼくは「命のかたち」を公共の電波に乗せて欲しかったのだ。

ぼくには、ぼくなりの想いがあって「命のかたち」のほうが、より、ぼくらしさを強調できると計算していた。

Nさんは「わたしも『命のかたち』は大好きです。でも、放送が6月の梅雨の季節になるので」とおっしゃられて、ぼくもこころから納得した。

放送当日は、親戚を呼んでラジオに耳を傾けっぱなしの、まるで、玉音放送を聴くような面持ちだった。Nさんは情感を込め『雨』という作品を朗読してくださった。

Nさんの朗読の力で、稚拙なぼくの作品が至極絵画的な浪漫溢れる作品へと生まれ変わった。

いろんなひとから「ラジオ聴いて、びっくりしたよ」と声をかけられた。

学生時代以降、ラジオという媒体に縁がなく、Nさんと名乗る、電話の若い女性のDJも、ぼくの不明で、実際には、アイドル的人気のある聴視率の稼げる著名なDJだったが、ぼくは、なにひとつ知らなかった。

数年後、処女詩集をNさんに郵送で献本させていただいた。期待をしていたわけではないが、Nさんからの返事は来なかった。むろん、献本だから、こちらから一方的に本を送り付けている。しかし、電話でお話したときのNさんの印象からすれば、なんらかの反応があってもいいのではないかと、こころのどこかで思っていた。

次の詩集に取り掛かっていたころ、一通の封書が届いた。

Nさんからだった。きれいな便箋に、ただひと言「ありがとうございました」と達筆な文字で書かれてあった。

ぼくには、すごく、違和感があった。不自然に感じた。なにかが、おかしいと。

最近になって、知りえたことだが、ぼくの詩を朗読してくれた、某ラジオ局の番組が終了して、Nさんはご結婚されたらしい。

そして、ダウン症の赤ちゃんを授かったという。

「気の毒に」とか「かわいそうに」とか思うのは、かえって、母親にもお子さんにも失礼である。かといって、「おめでとう!」と薔薇の花束をかかえて祝福に駆けつけられる状況でもないかもしれない。

現実は厳しい。

便箋のひと言は、Nさんの、そのときの精一杯の想いを伝えていたのであろう。

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今はシルバー文鳥のメロディだが、こどものころ、さくら文鳥を育てたことがある。

文鳥がほしい!」と父に懇願したのだと思う。

ヒナのときから、なにからなにまで、小学生のぼくが文鳥の世話をした。名前はコロスケと命名した。とにかく、可愛かった。いうまでもなく、家族の一員だった。

高校3年になるころまで、生きてくれたかなあ。

厳然たる「いのちのおしまい」を、ぼくは体験した。

「いのちのおしまい」は今以て、創作活動の、もっといえば、人生のライフワークとして重く背負い込んでいる。

季節的には、ちょうど、今ごろだったと思う。

詩作するにあたって、時間軸は当然、変えてある。

 

    文鳥のコロスケ

 

コロスケが

死んだ

 

ピッピッと

苦しそうに

二回鳴いて

小さく

はばたいて

 

わたしが

小学五年になった

まだ 寒かった

春の一日に

 

コロスケが

死んだ

 

かみさまが

いねむりしている

そのあいだに

 

        第一詩集「新選組になればよかった」収録。

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きのうは、桃の節句。20数年前、娘が生まれたとき、義母に買ってもらった雛人形を 二月の中頃から飾っていた。何段飾りという大仰なものではなく、マンションタイプの平飾りというのか、お雛様とお内裏様ふたりだけのもの。屏風や雛壇が、当時、めずらしかった漆黒で統一されていて、お雛様の顔も美しく、だれがというより、ぼくが、えらく気に入ってしまって買ってもらった。

その雛人形の 美しさ、妖しさに触発されて、当時、ぼくは、次のような詩を書いている。

 

     三月の童話

 

ねえさんが

いなくなった日

お雛様の隣にいらした

お内裏様の姿も

いっしょに

消えていたのです

 

ねえさんは

お内裏様を

とても気に入っていて

楽しそうに

話しかけたりしているのを

見たことがあります

 

ねえさんは

十六でしたが

はじめての恋だったのかもしれません

 

いなくなる何日か前

ねえさんが

めずらしく鏡の前に座って

淡いオレンジ色の

紅を引いていたのを

憶えています

 

はっと 息をのむほど

美しい横顔でした・・・・・・

 

今年も また

桃の節句が近づいてきました

 

お雛様は

ぽつんとひとり

涙も枯れて

がっくりと肩を落としたままです

 

玄関で

人の気配がするたび

もしや ねえさんではないかと

あわてて 階段を駈け降りていくのですが

あの日のように

花曇りの空の下

冷たい風が吹いてるだけです

 

              第二詩集「眠れない時代」収録

 

 

この作品は「金澤文学」という文芸総合誌の巻頭詩に採用され、ある文学賞を受賞するというご褒美をいただいた。

桃の節句ということで、ふと、むかしのことに、想いを馳せてみた。

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やっと、不具合が解消されたようです。ここ1ヵ月くらい、調子が悪くて。

 

ちょうど、今朝の産経新聞朝の詩に、拙作が掲載されましたのでブログにも転載させていただく。

 

   好き

 

書いて

たった二文字の

 

口にして

一秒にも満たない

 

その言葉で

人生は変えられる

 

「好き」

 

 

 

たった、これだけの詩です。

ぼくは、元来、ストーリー性のある作品を得意としているが、不条理な文学性の香る作品を書いて力をつけてきたつもりだが、媒体が新聞となると、当然、書き方も、内容も必然的に変わってくる。

今回の「好き」を読んで、あまいなあ・・・・と評す仲間や読者がいるかもしれない。

しかし、やなせ・たかしが存命なら褒めてくれただろうし、現に新川和江は認めてくれている。なんだかんだいっても、サンリオ「詩とメルヘン」(ペンネームを使っていた)の卒業生なので、抒情の旗は振り続けたいと思っている。

朝の詩も140文字。ツイッターも140文字。

わけのわからんトランプのつぶやきよりは、格段にまっしでしょ?

カルテット (2017年のテレビドラマ) 

それぞれ弦楽器をたしなむアマチュア演奏家の30代男女4人(巻真紀世吹すずめ家森諭高別府司)は、ある日練習場所のカラオケボックスで偶然出会い、弦楽四重奏のカルテット「ドーナツホール」を結成する。彼らは司が提供する軽井沢別荘で、週末を中心にひと冬の共同生活を送りつつ練習を重ね、食や結婚生活に関する会話を交わしながら次第に互いの人となりを知り、人前での演奏を目指す。あるとき、真紀は近隣のライブレストランからレギュラー出演者を半ば追い出すような形で自分たちの発表の場をつかむ。主婦である彼女は夫が失踪してしまい、音楽にすべてを懸けようとしていると告白する。しかし彼女と親しくなるすずめは、実は真紀の巻鏡子に依頼され、その「本性」を探っていた。真紀は夫を殺したと鏡子に疑われていたのである。すずめは鏡子への報告とともに、真紀やカルテットのメンバーとの関係を観察し続ける。

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①ぼくが、どうしてTBSの火曜ドラマ「カルテット」を観てるかというと、松たか子が主演を演じているドラマであるからに、他ならない。

プラスα

②脚本が坂元裕二であること。とにかく、台詞のセンスのよさには、びっくりする。

飽きさせることないドラマ運びは最高の離婚で証明済みだ。

③主題歌が椎名林檎の書き下ろしで、彼女の才能が、痛いほど感じられる。

久々に創作意欲を掻き立てられるドラマにめぐり合えた。個人的にだけどね。

 

 

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松山千春のアルバムを聴いて、もの想いにふけっていた。

 

1981年発表の松山千春「時代(とき)をこえて」は大のお気に入りのアルバムである。千春のいう起承転結の「承」の時代の「浪漫」「木枯らしに抱かれて」と並ぶ3部作のひとつである。アルバムは、もちろん、オリコンチャート1位を獲得した。名作ぞろいのアルバムだが、ぼくは『限りある命』という歌が好きである。命に突き刺さってくる究極のラブバラードで、ぼくも、友人の結婚披露宴などで、この歌をアコギで弾き語ったことがある。

 

2016年秋のコンサートツアーで、千春は2度目のアンコール曲、つまり、ラスト・ソングとして、『限りある命』を歌った。

『時のいたずら』『季節の中で』『大空と大地の中で』「長い夜」『銀の雨』『純~愛する者たちへ~』『人生(たび)の空から』などの大ヒット曲や人気曲などを歌って、会場は総立ちになる。

ただ、個人的には、ここ20年、歌は作り続けているが、ヒット曲に恵まれていないのが気掛かりだ。なにも、千春だけの問題ではないけれど。

あたらしいアルバムの中からも、何曲か歌っても、ぼくの胸にはいってこない。良作ではあるが・・・・・・まあ、千春らしいよな、とは思うことにしている。

MCも千春ワールド炸裂なんだけど、いつもの政治的、思想的な話は一切なかったので「あれっ?」と感じたのも,ぼくひとりではないだろう。

そしてラスト・ソングの『限りある命』。前奏が流れ、千春が今宵、最後のステージに立つ。

会場のファンに向って「人生に見返りを求めないでください」となんども繰り返して、歌に入った。

「♪ もどらない若い日を 貴方と生きる

  奪いあい求めあい 重ね合う心

  もう何も迷わない おびえたりしない

  さしのべた指先に 貴方がいる

  この愛は貴方だけ 限りある命

  青春を流れゆく 時にあずけようと ♪」

 

間奏の時、千春はマイクを持ったまましゃがみこんで「うおーっ」と腹の底から何かを吐き出すように大声で、声の続く限り、雄叫びをあげた。

 

「♪ 悲しみが苦しみが はかなささえも

  愛される喜びに つつまれてしまう

  傷ついて疲れ果て 力つきようと

  二度とない人生を 貴方に生きる

 ※この愛は貴方だけ 限りある命

  青春を流れゆく 時にあずけようと

 

   ※Refrain           ♪」(作詞・作曲・松山千春

最高の『限りある命』だった。この一曲を聴けただけでも、コンサートに来た甲斐があった。千春は健在だ。

ぼくが20歳で不安神経症に罹り、眠れない闇の中で、毎晩毎晩、千春の歌を聴いて、光も見出した。

千春と同じ時代を生きれたこと、ぼくは誇りに思う。