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 この間の短歌の記事が、思いの外、ご好評だったので、図に乗って第2弾を発表させていただく。申し上げたように、正確な「短歌」とはいえないが、いずれの作品も新聞で活字化されている。

 

         国道に 秋風吹けば さみしげな

             ガードレール下 一輪の花

 

        

         夕暮れに 亡き妹の 声聞こえ

             「早くおいで」と 九月の童話

 

      

         ともだちが 冷蔵庫開け からっぽと

             遠慮なく言う 貧乏長屋

 

 

         バイトする 油汚れの 我を見て

             「知らない人よ」と きみ通り過ぎ

 

 

         餓鬼を描き 菩薩も描いて 地獄描く

             きみがモデルの 初個展の絵

 

 

まあ、誠にお粗末だけど、このなかでは5番目の解釈がちょっと難しいかもしれない。

こたえは書かないが、餓鬼とか、菩薩とか、地獄というのは、仏法で説く「生命の状態」のこと。

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複数の読者の方から、「あの詩を、もう一度読みたい!」という、ありがたいリクエストをいただいた。特に、名作でも力作でもない。ただ、ぼくらしさはでている。

実は、以前、このブログに存在した。少なくとも、1時間くらいは。

発表のあとに、誤字に気付き「編集」して再度「公開」したのだが、記事がブログ上に戻ることはなかった。どこぞの国のサイバー攻撃でも受けているのかと思った。

でも、IEで記事を書くとき、この手の不具合が多いことを後から知った。もちろん、意図的に理由があって、削除せざるを得ない記事もあったが、この記事は違う。すでに、いくつかの★マークもつけていただいていたのを憶えている。

(すでに、閲覧いただいて★マークをつけていただいた読者の皆様にお詫び申し上げます)。

今はグーグルクロームに統一しているので、そういう不具合は起こっていないと思うし、そう願っている。「なんや、おんなじ詩やん」という方もいらっしゃって当然なのだが、強いリクエストもあり、ぼく自身、愛着のある作品なので、再掲することをお赦し願いたい。詩のタイトルも奇しくも「ごめんね」である。

 

 

      ごめんね

       

 

 ぼくが

終わるとき

 

もしも

きみの名を

呼べなかったら

ごめんね

 

きっと

ぼく

 

痛いとか

こわいとか

助けてとか

 

言ってしまうと

思うから

 

 

 

      

先の安倍改造内閣の顔ぶれの中に野田聖子氏の姿があって、思い出したことがある。

もう、20年くらい前になるのかなあ。日本郵便が、まだ、国家公務員の時代で、郵便局で働くものは、郵政省(現・総務省)の正規の職員だった。毎月、内容の充実した「郵政」という冊子が職員分発行されていた。仕事のことばかりではなく、過去の偉人たちの名言や、メンタルヘルス疾患の予防法や、有名女優さんのエッセイなどか掲載されていたりして、職員の間でも、よく読まれていた。

その中に『文芸のページ』があって、毎月、詩を募集していた。省内機関誌ではあったが、入選している作品は読者の心にもしっかりと届く、ディテールの凝った、レベルの高い作品が多かった。選者は、朝日新聞社の記者出身の詩人で、菊池貞三だった。

当然、出たがりのぼくも、参戦することになった。

大賞を受賞する前年は「ゼロが飛んだ、夏」。という作品一作で佳作だった。

年が変わって「寂光」「きみがいない」(詩集未収録作)「鉄の墓標」「魔法くんを知りませんか」の4作が1席で入選し、その年の郵政文芸賞の詩部門の大賞に選ばれた。

その年、内閣改造があって、野田聖子氏が初入閣で郵政大臣の職に就いていた。

大臣表彰があるということで、野田聖子郵政大臣より、賞状をもらった。

それが、どうした?という話なのだが、将来の有力な総理候補との「接点」が、かつてあったんだと、自分なりに、ある種の感慨にふけっている。郵政民営化法案にも、政治生命を賭して反対してくれたし、そのせいで自民党を離党したが、復党し、今回の内閣改造では総務(旧郵政省・旧自治省)大臣に返り咲いた。

 

さて、肝心の作品である。受賞の決め手となったのが「魔法くんを知りませんか」だったという。

 

         魔法くんを知りませんか

 

だれか 魔法くんを知りませんか

 

近所の砂山で遊んでいる時

「オシッコしてくる」といったきり

消えてしまった男の子です

 

あれは 妙に風のない日でした

 

怪獣の絵のTシャツを着ています

 

右手に大きなホクロのある男の子です

 

あれから 長い月日が流れました

 

最近 ぼくは夢を見るのです

おもちゃのバケツと

スコップを持ったまま

いつまでも さびしそうに

つっ立っている魔法くんの姿を

 

あれは 妙に風のない日でした

 

だれか 魔法くんを知りませんか

 

 

のちに詩人の安宅夏夫は「魔法くん」というのは、ちょっと漫画的すぎて、「正夫くん」とか「健一くん」にしたほうが良かったのではないかと、評したが、ぼくは「魔法くん」であることを譲れなかった。この詩は「ぼく」という「少年」の感情と視点で書いているからだ。

選者の菊池貞三は次のように、この作品を評している。

「神隠しにでもあったような、ある日突然の男の子の失踪。童話のような単純な明るさの中に、奇妙な『怖さ』がある。理由づけも意味づけもいらない。この〈不在〉のイメージの怖さに詩の味わいがある」。(「郵政」1998年12月号より転載)。

 

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殺人的な真夏の太陽が、赤バイクに乗っているぼくの肌を、容赦なくじりじりと焦がしていく。天候も不順で、重たい鉛色の雲に覆われる日もあるが、湿度が異常に高く、サウナに入っているようだ。この暑さ、いや、熱さは思考力も、感情さえも奪ってゆく。

もう、何十回と繰り返している「夏」なのに。愚痴をこぼしても仕方ない。相手は自然だし。

突然、話は変わるが・・・・・・・・。

ぼくは詩を書いているが、一時期、短歌にのめりこんだときがある。

「詩とメルヘン」の仲間たちの作品が東京新聞産経新聞の朝の詩ではなく、歌壇のほうを飾り始め、ぼくも、参戦ということになった。

もちろん我流だったが、東京歌壇(東京新聞)、産経歌壇(産経新聞)で、特選も含め、なんども、上位入選させていただいた。まあ、過去の栄光でもある。

 

     ともだちの デスマスク見て 言葉なく

             凹んだバイク 思いっきり蹴る

 

 

     驢馬を牽く 老いたる人の 目の光

             異国の空の 石畳道

 

 

     カラオケで 娘と歌う ラブソング

             まだ恋知らぬ 娘見つめて

 

 

     まばゆくて 目細める空よ 飛ぶ蝉の

             命きらめけ 夏の真ん中

 

 

     文鳥が亡くなりました」 年の瀬に

             友から届く 喪中はがき

 

 

ほんの一部だけど、まあ、こんな感じ。字余りもあるし、本格的に短歌に取り組まれている方からすれば、一笑に付されるかも知れないね。だから、ぼくの場合、短歌ではなく、「31文字詩」と呼ぶべきかもしれないなあ。

 

 

     

     

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どうも、最近、気力がない。何をするにも、億劫な気分がつきまとう。暑さのせいだけではなく、持病が根源にあるというのは、自分自身が、いちばんよくわかっている。

なかなかブログを更新できないのも、仕事を終えて、家に帰るとシャワーと夕食で、もう、バタンキュウー状態だからだ。たしかに、からだも疲弊しているが、気持の部分のほうが大半を占めている。8時半にはお布団の中だ。自身の不甲斐なさを、申し訳なく思っている。

創作は、なんとか日曜日に、時間を決めて書いている。そう、その、このあいだの日曜日、ある女性から一本の電話があった。どこかで、聞き覚えのある声だが、名前が出てこない。「わたしよ」と名前を名乗られ、冗談ではなく、ぼくは、その場でひっくり返った。誠に申し訳ないが、もう、すでに、お亡くなりになられたと思っていたので。

すこぶる元気な、生命力溢れる声だった。その女性は、10年前に癌を宣告され、詩の出来については、お互い、言いたいことをズケズケ突っ込んでいくタイプなので、病状に悪かろうと、メールも辞めた。最後に連絡があったのは、ホスピスからのはがきだったので、ここ数年は、もう、お亡くなりになったに違いない。もう、この世のひとではないのだと思い込むようになっていた。しかし、電話の主は、間違いなくご本人で、ホスピスは、元気すぎるので、追い出されたという。たしかに、症状は、すこしづつでも進行しているのかもしれないが、当時、ドクターが告げた余命の年数は、とうのむかしに越しているという。甘酒を豆乳で割って飲むと、点滴を打ったくらいの効果があるので、ぼくにも、実践したほうがいいと、逆にアドバイスしていただく始末。

今夏の、詩の文学賞にも、応募されるとの由。相手にとって、不足はない。強敵ではあるが、ぼくの背中を推してくれる。

紹介させていただく詩は、このような出来事を予期して書いたわけではない。

ただ、医者の診断がすべてであるとは、今もむかしも思っていない。

 

      余命

 

余命三ヶ月と

宣告された

ともだちは

担当医師の

手を振り払って

翌日 強引に

退院していった

 

五年が経った

ある日の午後

はがきが舞い込んだ

 

「おれは生きている」

 

ともだちからの

便りだった

 

 

 

            第四詩集「」収録

詩集にご興味のある方↓

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              散歩道

 むかしね
 ぼくは わんこだった

 憶えてるよ
 草の匂い 風の音
 散歩の道順まで

 この堤防の散歩道を
 やさしい飼い主と見た
 沈みゆく夕陽も

 十七年わんこで生きた
 遠い むかしの
 身の上話だけどね

 

昨日の産経新聞・朝の詩にぼくの詩が掲載された。

不覚にも、ひとに教えられて、知った。

きのうの早朝から、なにが哀しいのか涙がとまらず

気分障害抑うつ障害が顕著で、食欲もなく、会社を休んで

朝一番で、お世話になっているクリニックに駆け込んだ。

診察室に入るや否や、「きょう、載っていましたね」と

女性ドクターは明るく笑顔を投げかけてくる。

ほんとうに、なんのことかわからず、首をかしげていると

「きょうの詩は、〇〇さんにしか書けない世界観ですね」といって

、はじめて産経新聞に掲載されているのだ、とそのとき初めて

理解した。しんどかったけれど、すこし、こころが暖かくなった。

「2,3日休養して、詩を書いていればいいんですよ。それが〇〇さん

の使命なのだから」という女性ドクターの言葉も、前向きな気持ちを

取り戻させてくれた。

ぼくが、実際にわんこを育てていたのは、小学生の時。

ドッグフードなんてなかった。ごはんに魚の骨やかつおぶしをまぜて

お醤油を少々という感じ。

べそかきの、頼りない飼い主で、ほんと、ごめんね。

 

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早くも、五月。詩の発表がつづいているが、きょうも、

掲載させていただきたい。季節感のある作品もたくさん

あるのだが、せっかく、村山精二さんの評していただけている

作品があったので、それを紹介させていただく。

以前にも、記しているが、村山精二さんのもとには、1日に

少なくとも複数冊の 詩誌や詩集が恵贈される。

1日に、何十何百という詩篇のなかから、村山さんの感性で

選んでいただいて、感想を述べてくださっていた。

村山精二さんに取り上げられた作品は、ある種の重みと深みを

帯びて付加価値がついた。平たくいえば「箔」のようなもの。

それだけ、この世界では、影響力のあるひとだ。

この作品は詩集にも収められているが、取り上げてくださったのは

文芸誌・金澤文学に発表したときのものだ。

 

 

        傷    


  

   中学一年生のとき
だった

   チビだという理由だけで
   よく いじめられた

   ある日の 昼休み
   「おい、売店でパンを買ってこいよ」
   と ひとりの生徒がぼくに命令した

   「自分で行ってよ」

   と断ったぼくに

   すかさず
   鉄拳が飛んできた

   額に三針縫う大怪我をした

   後日 教師に連れられて
   殴った生徒が家まで詫びに来た

   
   温和しい母は

   ひと言だけいった

   「死んでしまいなさい!」

   と 

   翌日から その生徒は
   登校してこなくなった・・・

   おとなになった今でも 時折 

   人差し指で
   傷跡を指でなぞってみる

   この傷が 消えることはない

   あのときの生徒が負った
   傷も
   

   母が負った
   傷もまた

 

これは辛い詩ですね。「『死んでしまいなさい』/と 冷たく言い放った」、「いつもは 温和しい母」が一番傷ついたと思うのですが、その気持ちがよく判るだけに辛い。何かもっと別の言葉があったでしょうが、おそらく母親としての正直な気持ちでしょう。
 「ぼく」も「母」も「あのときの生徒」も、そうやって人間は傷ついて生きていくしかないのかと改めて思います。それを認めた上で、改めて出発するしかないのでしょうね。人間の深い業を考えさせられた作品です。(村山精二)