気がつけば、早、弥生。
ロシアの、いや、プーチンのウクライナ軍事侵攻のTVニュースに怒りながら、栄養ドリンクを飲んでいる自分が哀しい。
アメリカもEU諸国も、国連も無力だ。国連の安保理なんて、もっと無力だ。未だに第2次世界大戦の戦勝5大国で構成されていて、拒否権がある。バカじゃないのか。
新型コロナウィルスも、なんだか、ぼやけてきたなあ。3回目のワクチン接種はあしただけど。
春のはじまりの日に
キスをしたんだ
春のはじまりの日に
ぼくは
まったくの
はじめてだったけれど
きみは たぶん
何度目かの
経験で
でも
その時
日差しは とても
やわらかで
風は ほんと
さわやかで
今では、赤面したくなるような稚拙な詩。
穴があったら、入りたい。
なければ、掘ってでも、入りたい。
もう、ほんとうに、詩を書き始めた頃の、幼い日の詩、といえば詩である。
でも、なんだかとても、好評で、その頃は、恋愛詩ばかり書いていた。
だが、少女漫画やシルエットロマンスのような恋愛は書かなかった。
たとえば、ぼくよりも、きみの方が背が高いとか、ぼくは、町工場で勤めて彼女は女子大生とか、「ぼく」にちょっとした「社会的な弱みや格差」を持たせた。
もちろん、実際には「弱みや格差」などではない。あくまで、一般論である。
それが、人気の秘密だと言ってくれたファンの人もいた。
今は、作品の中に社会、不条理、病、死生観を取り入れたものが多く、ご支持いただいているけれど、書き始めてから、忘れていないもの。
それは「抒情」の旗を振り続けること。
これは、故・やなせたかし氏との大切な約束だ。